グルダが、アバドと組んで1976年に録音したアルバム。
ここでの聞きものは、なんといっても25番。
アマゾンで検索してみれば分かるが、25番を録音しているピアニストは、そう多くはない。
モーツァルトのPコンチェルトを全曲録音している場合がほとんどで、そうでないのは例外的ケース。
短調作品2曲(そのうちの1曲にはベートーヴェンがカデンツァを書いている)を含む、20番から始まる人気曲5曲。
そして26番の「戴冠式」、最後の27番といった中にあって、25番は完全な谷間。
しかしこれが名曲であることを、グルダの演奏が証明する。
曲と作者の伝記的事実を結びつけることは必ずしも必要なことではないが、
25番の場合は、その背景を知ることは無駄ではないし、曲を楽しむためにプラスになる。
これを書いた時、モーツァルトは、『フィガロの結婚』の大成功の中にいる。
ザルツブルク時代にあれほど「オペラ、オペラ」と思い、「自分はオペラを書くために生きている」との熱望が
理想的な形で実現し、ウィーンの聴衆はそれを熱狂的に誉め称えた。モーツァルトにとっては「満願の時」。
モーツァルトが、ベートーヴェン的な意味合いで、苦悩のくびきから解放され、
勝利の響きを奏でるとしたら、この時期しかない。そしてそれを実現している曲が、この25番。
第1楽章、行進曲風の(あるいは『魔笛』序曲のような)冒頭部に余裕と、充実した解放感に満ちている。
転調し、短調で奏でられる主題。苦闘の時期が過ぎ、その上でこの成就がもたらされたことを甘さと切なさの中に
確認しているかのよう。そこにグルダのピアノが入ってくる。
彼の奏法と音色が(アバドの場合も同様に)、この楽曲のモチーフに最適。曲と演奏と演奏者が幸福に融合している。
グルダによって作曲された終結部カデンツァは、勇壮で可憐で華やか。この部分を聴くだけでも価値がある。
第2楽章アンダンテ(アダージョ)楽章は、地に足がついた落ち着きと喜び。
こう言ってよければ”祝福”。ここにたどりつけた自らへの祝福と安堵の響き。
第3楽章は、第1楽章の行進曲風主題と短調旋律の構造を再生させて躍動する。
オーケストラとそこに短調主題で切り込んでいくピアノが立体的に交わり協奏し、颯爽とした終結部も印象的。
アインシュタインは書いている。「勝ち取られた勝利が、第1楽章の勝ち誇る行進曲的主題の中に
最も単純な、抗いがたい形で象徴的に示されている。影や暗さは、ロンドのこの上なく情熱的な、
人のこころを動かしてやまないエピソードでも、すべて思い出になっている」
グルダとアバドの演奏は、演奏の時間経過をまったく感じさせないほど魅力的。
*27番と組み合わされたこのアルバムを買うなら、4曲入りの2枚組セットをオススメします。