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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
手品のようなからくり美術館、歴史に埋もれた“かわり者”たちの肖像,
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レビュー対象商品: モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫) (文庫)
かわり者、ひねくれ者、ひとくせもふたくせもある点で選ばれた者たち。お調子者、頑固一徹・融通無碍なならず者。運命に翻弄・もしくは微笑まれた者たち。結果的にみれば、名声や業績にはみむきもせず、歴史の裏街道に姿をやつした綺羅星たち。その色とりどりの光芒。なによりも楽しみながら、そのささやかな人生を生きた人たちの後ろ姿は、読んでいてとてもすがすがしい。いつもながらの、魅力的な埋もれた人物をひろい出す池内紀氏の目利きぶりに、感心してしまう。とともに、著者の軽妙洒脱な語り口、曲芸的な自在の文体の魅力が、ここでも光っている。本書を読むと、わたしたちが知っている歴史、人物史が、巨大な氷山のごとき諸事実のごく一角を、つなぎあわせ絵にしたものにすぎないことを、しみじみと感じさせられる。一章ごとに切り取られた珍妙な人物の肖像画、それはまぎれもない著者独自のタッチによるもので、池内氏以外の何ぴとも、このような人物像を描き出すことは不可能であるだろう。これまで、誰も気づかなかった視点からスポットのあてられていることが、まずもって本書の特徴であり、その点で、これらは著者手づくりの、まったくの池内作品といっていいものたちである。 登場人物の特徴として、要領がわるかったり、運がわるい、能力が微妙にちょっとたりない、あるいはたんにかわり者ぶりが度をすごしている、などなど、一見ぱっとしないが、とにかく、自分の人生を生きるべくして生き抜いたその後ろ姿の晴朗さ、もしくは、自由に対する忠実さの際だっているようにみえる点が、あげられるかと思う。また、ここに描かれなかった人たち、どのようなささやかな人生にも、たぶん、本書と同じ以上のドラマが満ちているはず。どうやら、日蔭者もわるくないようだ。 運命をもかえる著者のペン―後世の異国・東洋の地で、まさか自分にスポットがあてられるなど、生前考えもしなかったはずの人たちの驚く顔を想像しつつ、この選ばれし人々の幸運を、祝福したい気持ちになれる、これはそんな、手品のような“びいどろ”の変化集。
13 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
歴史の裏通りに名を残す、風変わりな30の人生,
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レビュー対象商品: モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫) (文庫)
歴史の表舞台には登場してこないけれど、風変わりな人生を生きた人たち。モーツァルトやゲーテ、ナポレオンが活躍した近世から、第一次大戦、第二次大戦が勃発した近代にかけての主にヨーロッパを舞台に、一見、奇妙ではあるけれど、自らの個性を十分に発揮して生きた人たち。歴史の裏通りでふと出会って、忘れがたい印象を残す30人の人生の足跡を、さくっと紹介していくエッセイ集。昔の新聞記事の中で、意外な妙味のある人生、風変わりな人たちの紹介文に出くわしたみたいな感じ。「へーっ。けったいな人生、おもろい人たちがいたんやなあ」てなことを、随所で感じましたねぇ。1998年に、『姿の消し方』のタイトルで、集英社から初出・刊行された本。こうして文庫化された一冊を読んで、思いがけず、掘り出しものに出会った心持ちになりました。 独自の魅力と精彩に富んだ30の人生のなかでも、次の5人の人生が面白かったですね。 ◆サイレント映画の困った監督、エーリヒ・フォン・シュトロハイムを取り上げた・・・・・・「貴族の血」 ◆18世紀後半、奇妙な顔の彫像を数多く作ったフランツ・クサヴァー・メサーシュミット・・・・・・「顔に憑かれた男」 ◆わびしいひとり者を描き続けた19世紀、ミュンヘンの画家、カール・シュピッツヴェーク・・・・・・「屋根裏のひとり者」 ◆1920年代、一世を風靡した女子テニス選手、スザンヌ・ラングラン・・・・・・「スザンヌの微笑」 ◆豊かな胸と腰、尻を持つ女を繰り返し描いた19世紀の画家、フェリシアン・ロップス・・・・・・「尻の哲学」
5つ星のうち 5.0
『赤と黒』の解釈の一新,
レビュー対象商品: モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫) (文庫)
「スタンダールが小説『赤と黒』のなかに、当時の世相をなまなましく描いている。そのころ貧しい青年が世の中へ出ていくには、さしあたり赤と黒によるしかなかった。宗教界での上昇をめざして、燃えるような赤い衣をまとうか、あるいは軍人になり黒の制服で出世をはかる。(P.193-P.194)」私は1954年に制作されたクロード・オータン=ララ監督、ジェラール・フィリップ主演の『赤と黒』を見ていて、母国フランスにおいても「赤は軍服、黒は僧衣」と認識されていると思っていたので、全く逆の解釈に驚いた次第である。 話はこれで終わらない。光文社は2007年に光文社古典新訳文庫から野崎歓の新訳で『赤と黒』を出版している。この新訳は誤訳だらけということで当時問題になったのであるが、本書の‘赤と黒’の解釈と合わせて勘案するならば、光文社は社を挙げてスタンダールの『赤と黒』の解釈を一新しようと試みていることが分かる。確かに第一歩は躓いてしまったのではあるが、光文社古典新訳文庫感想文コンクールなど地道な努力を続けていけばいつかは功を奏するだろう。その目的がよく分からないが。
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