内容紹介
2010年1月27日、スティーブ・ジョブズ率いるアップルは「iPad」を発表した。
タブレット型のコンピュータとして、IT産業や出版業界、そして私たちの生活に大きな影響を与えると見られている。
その変化のキーワードは、一見すると使い古された感のある「モバイル」という言葉。
私たちは「モバイル」という言葉を本当の意味で理解してはいなかったのだ。
本書では、アップルの「iPhone」やグーグルの「Android」を始めとして、amazonの「キンドル」などの最新機器やビジネスモデルを紹介。
その先にある「マウスやキーボードが消滅し、携帯電話は『スター・ウォーズ』のR2-D2のようになる」といったSFのような未来までを予測していく。
次なるITビジネスのチャンスを掴むために必読の書。
内容(「BOOK」データベースより)
著者からのコメント
---- 今、敢えて活字で表現すべきことは何か?
プリント・メディアは今、15世紀に起きたグーテンベルグ革命以来の大変革期に突入しています。電子ブック・リーダーやアイパッドなど新型メディア端末の登場により、今後、活字コンテンツの流通システムや新聞・出版業界の構造は根本的に変わって行くでしょう。しかし何よりも一人の書き手として今回の変革に対峙するなら、それは「マルチ・メディアへの対応」です。これからの書き手は単に文字だけでなく、そこに動画やサウンドなどを組み合わせた作品も創作するようになるでしょう。キンドルではまだ無理ですが、今年から来年にかけて登場する、次世代の電子ブック・リーダーではビデオ再生が可能になるのです。
そんな時代を目前に発行された本書は、伝統的な紙媒体に記されていますが、著者の意識は既に来るべき時代へと移行しています。本書は、著者が所属するKDDI総研の特別編成チームによる米国調査に基づいています。私たちは2008~2009年にかけて、米IT産業の集積地である西のシリコンバレーと東のケンブリッジを都合3回に渡って訪れ、これからのモバイル・コンピューティングを形作る要素技術や開発トレンドを取材しました。中でも新技術のデモンストレーションについては、文章で伝えきれない面もあるので、その模様をKDDI総研ホームページからビデオで紹介しています。そこには紙幅の都合などから、本書で紹介できなかった内容も含まれています。
こうした試みは、今はまだ「紙の書籍」と「ホーム・ページ」という面倒な組み合わせを必要としますが、いずれ活字と動画などから構成されるマルチメディア・コンテンツが、上記のような電子メディア端末に載せて出版される時代になるでしょう。
しかし当面、紙媒体である本書を執筆するに当たっては逆に、「今、この時代に活字でなければ表現できないことは何か?」ということを念頭に書きました。ユーチューブを始めとするインターネット・ビデオの爆発的な普及に伴い、主たる娯楽とコミュニケーションの手段は動画へと移行した感があります。「この時代、人々は最早(活字を)読まない」(スティーブ・ジョブス氏)という極端な意見さえ聞かれます。
しかし私にはそう思えません。テレビやインターネット、最近ではデジタル・サイネージなど、仮想、現実の両空間に溢れかえった刺激的な動画やイメージ、サウンドは、ときに私たちを疲れさせます。何事にも適度なバランスがあるのです。3D映画に代表されるビジュアル文化が爛熟した世界では、むしろ「たった一言の優しい言葉に救われる」(映画監督のヴィム・ヴェンダース氏)という見解に耳を傾けたくなります。
ビデオ再生が可能な電子ブックの登場はまた、「文字(言葉)」に与えられた役割を、改めて意識させることにもつながります。言葉が得意とするのは、人間の感情や心理、高度な思想や概念、精緻な論理、あるいは複雑な社会の仕組などを表現することです。言葉はまた、まがりくねった歴史を整理して俯瞰することもできるし、漠然とした風景の中から意味のあるポイントを一言で浮き上がらせることもできます。言葉は人間が抱く概念や心に直接働きかけてくるので、コンパクトで迅速なコミュニケーションが可能です。ほんの数分のビデオ・クリップがインターネットに流されるだけで、かなりの通信帯域を消費するのに対し、テキスト・ファイルはそれがどれほどの大作、どれほど深遠な真理を内包していようと、ほとんど帯域を消費しません。これからの書き手は、そうした言葉の持つメディアとしての特性を明確に意識した上で、それを最大限に生かす文章を紡いで行くでしょう。つまり本格的マルチ・メディア時代の到来は、純粋な活字コンテンツ自体にも大きな変化をもたらすはずです。
小林雅一
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1963年、群馬県生まれ。KDDI総研リサーチフェロー。東京大学大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てアメリカに留学。ボストン大学でマスコミ論を専攻し、ニューヨークで新聞社勤務。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)