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最も参考になったカスタマーレビュー
24 人中、21人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
うん、疲れたよね…,
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レビュー対象商品: モテたい理由 (講談社現代新書) (新書)
非常におもしろく読んだのですが、タイトルと中身にギャップがあるのと、後半が自分語りに終わってしまったことを残念に思ったことで、★三つ。 (後半も「赤坂真理のエッセイ」として読めば、 なかなか興味深いのですが、この本に載せる必要はなかった気がします) 私は仕事の関係でいわゆる「モテ本」を大量に読んでいるのですが、 「雑誌ウォッチャー」を自称する著者が女性誌を読んでいると、 定期的に襲われるという「鬱」の感覚がとてもよくわかります…… 「もう疲れたよ…」という帯コピーは実に秀逸。 長らく(といっても、ここ二年ほどですが)「モテ」に関わり、 「モテ」を読み込み、いろんな意味で「モテ」に振り回されてきた私にとって、 この本は一種の「癒し本」ですら、ありました。 「モテブーム」にイマヒトツ乗り切れず、かと言って無視することもできず、 グルグルしてしまった人には、たいへんおすすめの一冊です。 「うん、疲れたよね…」と思わずタメイキをついてしまいます(笑)。
54 人中、44人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
本人による「ヴァイブレータ」論,
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レビュー対象商品: モテたい理由 (講談社現代新書) (新書)
赤坂真理が新書!とびっくりしたけど、赤坂真理そのものの本でよかった。ほっ。つまりこれ、男と女の「生きにくさ」を書いた本なのだ。男が「勝ち組」とオタクに分化したり、パリス・ヒルトンみたいなセレブをよしとする女子がいれば腐女子もおり……という現状を、従来のフェミニズム的視点で語るにはもう無理がある、というふうに私は読んだ。これは弱者の弱者による弱者のための本なのだと思う。 赤坂を「弱者」と言ってよいのか……私自身、彼女の小説を読むまでは、帰国子女で(という思い込みは間違っていた)慶應卒で、美人でめちゃめちゃ頭がよく、典型的な「勝ち組」女子だと思っていた。しかし逆にそのイメージこそが彼女を苦しめていただろうことは、間違いない。ひきこもりや、定職に就けないことが弱者の条件なのではない。大多数のよしとすることを、素直に納得できない者が弱者なのだ。 結婚・出産、あるいは離婚までも含めた人生における変化について「それで自分がよくなったと他人に承認してもらう」女の「ライフスタイル語り」は蔓延し、自分の力でのし上がることよりも、いい家に生れたとか、生れつきの美人、ということが好まれ、そういう女性の求める男性は「金を稼いで当たり前。そのうえで関係濃緑も高くなくては」ならず、ステキなライフスタイル語りに失敗しても大丈夫、子供さえいれば、子供の未来だけは計画的に作り込めば。そして男なんて必要ない、子供さえつくってくれれば。そしてこれらの感覚は全て、アメリカとの戦争から始まっている……。 エピローグの文章を読むと赤坂の代表作「ヴァイブレータ」を思い出す。これ、本人による「ヴァイブレータ」論とも言えるかも。 ところで、電車の中で読んでたら、知らない男(二十代・松田龍平似)に「へーそんな本読むんだ」と軽蔑されてしまった……。モテのノウハウ本を読む痛いオバと思われたようだ。このタイトル、やめてほしい。
28 人中、23人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
担当編集者出てこい,
By AZ - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: モテたい理由 (講談社現代新書) (新書)
といいたくなるのは、『モテたい理由』というタイトルと事前に耳にした噂から、女性誌あるいはファッション誌を社会学的に読み解いて、時代の風潮をユーモアのある文章でチクリと風刺するような本だと勝手にわたしが期待していたからなのだが、そういった本では全然ない。ではどういう本なのか、というと、これが何ともいいようがないのである。 編集部からどのようなオファーがあったのかわからないが、率直にいって、思いつきを書きなぐった感が非常につよい。(実際、単文もしくは体言止めの一文で一段落、という記述が頻出する。) 読み始めてみると −「男の価値を究極的に担保してきたのは戦争だった」 −憲法を論じるのはいいことだ −男はシングルタスク/女はマルチタスク といった話題から導入されるのであるが(フェミニストからみたらきっと突っ込みどころ満載だ、というのはこの際さておき)これがどのようにテーマと関連しているのかよくわからない。 女性誌各誌の「着まわし劇場」の比較など、当初わたしが想像していたような記述もなくはない。そういった記述はつまらない訳ではないのだが、そこから話が展開していかないのである。『FRaU』のリニューアルは実は『ホットドッグプレス』化だったのだ!とかいわれても、エクスクラメーション・マークをつけて驚いてみるほどのことなのかしらん?と疑問が湧くばかりであり、そしてこの疑問は回収されない。 女性誌の記述の分析にしても、ライフスタイルのリファレンスとなっているタレントの分析にしても、結局は、恋愛資本主義の中でいかに自分の市場価値を高め、いいタイミングで売り抜けるか、ということを一生懸命やっているという至極当たり前のことをいっているのみという気がする。 そして終章、かなり唐突に、高校一年でアメリカに留学し、一年で挫折して日本の高校で一年に編入された話がでてくる。そしてアメリカと敗戦と「わたし」についての記述が続くのであるが、、、 結局わたしが思ったのは、この本自体が中途半端な「自分語り」の書物なのだ、ということだ。モテたい=自分の市場価値を高めたい、と思ってしまう、しかしそんなことを思っている自分にわだかまりも持っている著者の告白の書。 実際、女性誌ウォッチャーをやっていると、周期的に鬱になる、というような記述が中盤にでてきた。だったら止めればいいのに、と思ったが、著者には止めることはできないのだろう。 新書で自分語りをするというのがいつから始まったのか正確には知らない。わたしが知っている最も早いケースは中島義道の『ウィーン愛憎』(中公新書)でこれが1990年。小谷野敦の『もてない男』(ちくま新書)は1999年。新書がテーマを絞った教養書だった頃、これらの本はインパクトがあったし文章も芸達者であった。 が、本書は芸がない(と思う)。そして記述は自分語りとプチ社会分析を行ったり来たりする。最初から「自分語り」のつもりで読み始めていたら印象は違うのかもしれないが、あえて読み返したいとは思わない。(ちなみに、わたしは赤坂の小説については決して嫌いではない。) ともあれ、買おうかどうか迷っている方は、最初の10頁ほどを読んでみて、論の進め方に納得感があるかどうか判断されることをお勧めします。
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