■緻密な取材によって完成されている大島流社会風刺
大島氏の作品は、「女子高生G・H」以降、ギャグやラブコメと言った狭隘な分野に入れて量るのはあまりにも恐惶だ。
オムニバス作品を除いて、大島流の作品の殆どはコメディ・ユーモア色が強く、一般的に見れば確かに女性キャラクタなどにはそれなりにサービスカットなどもある。
だが、大島流の特筆大書は、そのストーリーの基幹部分。取り上げるテーマや対象を深く取材し、事細かな問題点を指摘して、極めてリアリティに、明日にもあり得そうな事態をユーモアを交えて描ききっているところにあるのだ。
この「メルカノ」も、ただ単にネットや携帯のメール交換を対象としているだけに留まらず、ネット社会をソフトに、ギャグ要素を交えて痛烈に批判している。今流行とされるSNSサイトや、出会い系サイト、ネットオークションなど、時代の利器の落とし穴に罹る若き男女の姿を描き、またネット依存症などの社会問題化による暴走者なども登場するなど、この作品を読み進める度に、事細かい問題点を指摘した大島流の高い説得力を感じることが出来るのである。
■ネットの流行に乗じない視点から見ればにやけて読める特異性。
SNSサイトや出会い系、ネットオークションなどの現代流行に関わる一般人の視点から読めば、この「メルカノ」は、いちいち「あるある。それ良くわかるわ!」などと頷きながら読み進められるかも知れないが、私のようにそう言った一時的ブームや、大衆が挙って傾斜することに流されたくない人間の視点から読めば、落語の三遊亭楽太郎師匠がゴールデンウィーク前後に決まって垂れる、いわゆる「風呂上がりに、大渋滞のニュースをテレビで観ながら、冷えたビールをグッと呷る」ような感覚で読み進めることが出来る。
要するに、大島氏の作品というのはそう言った事象・事件が想像全域一辺倒ではなく、確かな取材と情報収集によって確立した作風・ストーリー展開になっているので、私のような偏屈者が読んでも全く違和感がない。全方位・全年齢対象な作品と言っても過言ではない。
ラブコメ・ギャグマンガ・萌え漫画ではなく、ストーリー性社会風刺漫画と捉えても悪くはないだろう。