本書の中で印象深いのは表題作とラストの「来世」だ。表題作は近未来の話で南アを舞台に静かで鮮烈
な物語が展開する。記憶をカートリッジに保存してそれをいつでも再生することができる世界。登場人物
は認知症になってしまった老女。彼女の家に通う現地人の召使。そして彼女のただ一つの記憶を探す記憶
読み取り人を連れた男。再生される過去の映像。若く希望に溢れた日々。それを繰り返し見続ける老女。
記憶の世界と現在が交差し、老女の記憶に閉じ込められた秘密が浮かびあがる。「来世」はナチス政権下
のハンブルクで物語の幕があける。ユダヤ人迫害の波がおしよせるなか、孤児院で暮らす十一人の少女た
ちの運命が引き裂かれる。そして同時にアメリカのオハイオでてんかんの発作から回復したばかりの八十
一歳の老女の日常が描かれる。この老女エスターが十一人の少女の中の唯一の生き残りなのだ。本作も構
成は「メモリー・ウォール」と同じだ。現在と過去が交互に語られ、すでに起こった出来事とこれから起
こる出来事が微妙に重なりあいながら物語が進行する。この二作はボリューム的にも本短編集の中では長
い作品で、ドーアの本領が遺憾なく発揮された読み応えのある短編だった。その他の短編も不妊治療の痛
みに心も身体もえぐられてゆく夫婦や、北朝鮮と韓国の国境に赴任する米兵や、中国のダムに沈む運命に
ある村に住む種売りの老女や、両親と死別しリトアニアに養女としてもらわれていくアメリカ人少女など
が描かれる。
悲しみと喜び、体験と記憶、人は生きてゆく限り多くの物事を身にまとってゆく。ドーアはそれを丹念
に掬いあげ、物語を紡いでゆく。静かでありながら、激しく心を掻き乱す物語。彼の描く世界が好きでたまらない。