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名作「第三の男」の中でオーソン・ウェルズ扮するハリー・ライムが「メディチはルネサンスを残したが、スイス300年の平和は鳩時計だけじゃねえか」とうそぶく。謀略に彩られても文化に足跡を残したというのが西欧人の抱くメディチ観だろう。
ハッキリわかるメディチ家の歴史は約500年におよぶが、重要なのは15~16世紀である。この両世紀にフィレンツェ、さらにトスカーナ公国の実権を握り、武力ではなく文化の力で欧州を圧倒した。
メディチ家の中で出色の人物、コジモ1世がフィレンツェの支配者としてビッティ宮殿に移る時、迎賓用の室内は、それぞれ著名な先輩の名場面の絵画でかざられた。そこに描かれたのは、コジモ・イル・ヴェッキオ、ロレンツォ・イル・マニフィコ、レオ10世、クレメンス7世、黒隊長ジォヴァンニ、そして当主のコジモ1世である。
メディチ家の歴史の前半は地方銀行が欧州第一の国際銀行へのし上がる過程でもある。金融機関もここまで大きくなると政治がらみとなり同業者の嫉妬も強くなる。メディチ家も再三失脚するがいつの間にか不死鳥のようによみがえるという歴史を繰り返した。
やがてメディチ銀行に斜陽の影がしのび寄ると政治そのものが目標になった。すでに枢機卿はおろか一族から法王さえ2人出している。法王レオ10世は贅沢の極みをつくし、その穴埋めに悪名高い免罪符を売り出してマルチン・ルターに新教建立のキッカケを与えた。
小国ではあったが、メディチ家は神聖ローマ帝国、フランスのヴァロア王朝と対等の姻戚関係を結んでいる。アンリ2世の妃カトリーヌ・ド・メディチはフランス王朝に文化を移入し、宗教弾圧「サンバルテルミの虐殺」を起こした。
このように、メディチ家の印象はかんばしくないものの、それを埋め合わせてあまりあるのが芸術に対するパトロネージュ(庇護)だ。建築、彫刻、絵画、文学、あらゆる分野に惜し気なく大金を散じ天才に腕を振るわせた。
ドナッテルロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェリ。華ひらくフィレンツェである。産業化時代の20世紀が芸術的に何を生んだかといえば、不毛に近い。デモクラシーと芸術というテーマも考えさせられる。
(東洋信託銀行顧問 神崎 倫一)
(日経ビジネス1999/6/21号 Copyright©日経BP社.All rights reserved.)
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