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メディアは存在しない
 
 

メディアは存在しない [単行本]

斎藤 環
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

メディアは人間を変えるのか?ラカン派精神医学の立場から、著者は「否」と答える。東浩紀、ジジェク、マクルーハン、西垣通、ルーマンらの諸説の検討、CG、アニメ、ブログ等の分析を通して、メディアと人間の関係を徹底思考。西垣通氏から著者への応答、東浩紀氏、大澤真幸氏との鼎談も収録。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

斎藤 環
精神科医。1961年岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了(医学博士)。爽風会佐々木病院精神科診療部長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 301ページ
  • 出版社: NTT出版 (2007/10)
  • ISBN-10: 4757102054
  • ISBN-13: 978-4757102057
  • 発売日: 2007/10
  • 商品の寸法: 19 x 13 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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By 倒錯委員長 トップ500レビュアー
形式:単行本
精神科医として臨床に携わるとともにラカン派の観点からサブカルチャー方面への著作も多数ある斎藤環。本書は彼によるメディア論集成。だがその主題となっているのは、タイトルにもあるように「メディア論はいかにして(不)可能か」を議論するという逆説的なものになっている。
著者の主張とはつまり、あらゆるメディアは言葉という不確定で不明瞭な「メディア」をインストールした「人間」によって扱われるが故に、つねにすでにそれ自体不確定、不明瞭なものにならざるを得ない。ラカンが「女は存在しない」と言う意味において、著者は「メディアは存在しない」と論ずる。そして言葉こそが「究極のメディア」であるため、マクルーハンを主とするメディアによって人類が変容を来すと考える「内破主義」を著者は否定する。

本書は他に、ジジェク、そして西垣通の「基礎情報学」への批判的検討を施す論文も収められている。とくに後者に対しては、なんと批判の対象である西垣による「斎藤環氏の"基礎情報学批判"にこたえる」も掲載されていて、両者の主張が激しく交錯…しているとは言い難いがスリリングではある。皮肉なことに両者のやりとりのこの「通じてなさ」こそが、上記のような斉藤の本書での最大の主張、「透明な媒体としての『メディアは存在しない』」ということを実証しているみたいだ。

他にも、この本を手に取った多くの読者にとって目玉なのは、なんといっても著者と東浩紀、大澤真幸の三者による鼎談だろう。話題は多岐に渡っているため、内容は実際に手にとって読んだいただきたいところだが、相変わらず「動物化」だの「シニシズム」だのの言葉が飛び交っている(それはご想像通りでしょ)。齋藤は本書冒頭で象徴界の実体化を批判しているが、「動物化」や「シニシズム」をあたかも実態のように語るのもどうなのだろう。本人たちには自明すぎてそのことに気付かないのかもしれないが、読んでいてすこし不気味ではある。

そういう観点から「現代思想」を取り上げた本がこちら→『〈宗教化〉する現代思想
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形式:単行本
世の中にはメディア論・メディアへの反応というとまず、この二つが多い。
・「メディアで人間の心の壁を越えやすくなり、より通じ合えるのだ!」という親メディアで越えられるべき人間の本質があるとする人々
(そのうちニュータイプに至る勢いのデジタルネイティブ万歳、新旧のメディア論者・革新派一般)
・「メディアは人間が伝えようという心を堕落させるのだ!」という反メディアで人間の本質があると考える人々
(己の生活が既にかなり電子化されてるにもかかわらず、今更無謬の本質を信仰して都合の悪いことを忘れる保守派一般)

次に少数派としてこういった人々が居ると思われる。
・「いや、良いとか悪いとかでなく、そもそもメディアに応じた思考・世界の切り分け型・それに対する参照点の作り方があるのだ」という中立・相対主義な人々
(言語ゲームの応用やら、言語相対主義やら、『「人間的思考の本質」がそもそも嘘くさい!』という口)
・「いや、そもそもメディアごときで『言語による思考それ自体』など変わらんのだ」という中立・本質主義な人々
(『人間的思考は言語のラカン式起源に関わってそれが全てである!』)

この中で、貴重な(?)最後の主張が著者。
前二つの無邪気で安易な『メディア過信』(メディアで人は良きにつけ、悪しきにつけ、変わる)が多い様に感じられ、メディア論方面を読んで第三のものを含めて気を抜いたら簡単に「とりあえずメディアの力すげぇ」と、心身問題を華麗にスルーするメディアの奇蹟に毒されてしまいがちな自分にツッコミを入れるものとしては、現代的な事例を挙げつつ読みやすいのでお勧め。

だが、「じゃ、おたくの信奉するラカン式の世界は…そんなに妥当なのか?」と言う更なるツッコミをしだすと収拾がつかなくなるので程々に。
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