統一協会、オウム真理教など、新興宗教団体の問題について詳しい著者だけに、オウム真理教幹部の話を綴った第5章などは読み応えがある。
しかし、全体を通しての論旨には疑問を感じる部分が非常に多い。
著者によれば、1995年のオウム真理教事件報道以降、その事件が青少年の心に強く刻まれ、そして、犯罪の凶悪化が進んだという。さらに、岩佐京子氏、片岡直樹氏らの説を引いて、テレビそのものが子供の言葉遅れなど、自閉症のような状況を作り出す、ということを述べる。
しかし、この内容は非常に疑問が残る。
まず、犯罪の凶悪化そのものが大いに疑問である、という点である。
著者は、何の論拠もなく凶悪化と述べ、オウム事件と神戸の酒鬼薔薇事件などの「共通点」を示していくが、それが本当に両者のみの「共通点」であるという根拠がないし、何よりも、少年よる殺人事件の減少という事実を完全に無視している。
無論、ある事件が個別の事件に影響を与える可能性が0である、とは言わないにせよ、それを青少年全体に広げるのは明らかに無理があるし、また、前提となる「質の変化」なども、『戦前の少年犯罪』(菅賀江留郎著)など、古い時代の犯罪の様子を綴った書を見ると疑問がわいてくる。
読んでいて感じるのは、専門家の意見などではなく、ひたすらに著者の一方的な思い込みが綴られているだけ、ということである。
テレビなどの報道が、子供の心に影響を与え、それで犯罪が凶悪化した。これについて、心理学者や精神科医などに取材をして、というわけではない。ただ、著者が「思っただけ」で「そうなる」と綴られているに過ぎない。
また、論拠を示した数少ない例である岩佐京子氏、片岡直樹氏らの「テレビを見ると自閉症のような状況になる」というのは、日本自閉症協会などから厳しい批判がされる説である。論拠、そして、それに反論・批判があることを示すべきではないのだろうか?
そして、それらを総合して感じたのは、著者の態度への疑問である。
著者は、テレビの報道などが、子供を凶悪犯罪に駆り立てる、という。しかし、そんな著者は、オウム事件以降、10年以上にわたって、そのような報道を続けるワイドショーに出演し続けたのである。
著者の言う内容そのものへの疑問。そして、その論と行動の不一致。
著者に対する疑念は尽きない。