私は萩尾作品の中でも80年代の作品が苦手で、本作品にしても最初ハードカバーで出版されたときに表紙カバーのイラストを見て敬遠してしまい、今回初めてまともに読みました。それで今回読んでみて、敬遠した理由がわかったような気がします。
まず、見た目では『スター・レッド』までの70年代作品と画風が異なる、ということにあります。
それまでの70年代の作品は『ポーの一族』にしろ『トーマの心臓』にしろ、繊細な絵でありながら、どこか元々作者が好きだった手塚治虫や石ノ森章太郎ら少年マンガの影響で線の太さが残っていましたが、この作品ではその影が完全に消え失せてしまっています。
それだけではなく、作品全体が暗く、コミカルな部分もありますが、作品全体を通した空気が重たく感じます。つまり画風だけでなく作風が変化しているのです。
そしてこれは、その前作の『訪問者』にも感じていたことです。
(そのことは『トーマの心臓』2巻のレビューにも「その絵柄は直後に執筆された『メッシュ』と同じ画風のため、『トーマの心臓』 と1冊の本に収められたことで、その執筆年月の違いによる絵柄の違いと、そこから生じる違和感が大きく感じられます」と記しています。)
その作風の変化については、『imago』95年4月号での巖谷國士との対談で、親との大喧嘩が理由であると語られています。
「そうです。親と大喧嘩しているとき。「訪問者」とかの頃です。ちょっと暗くなるんですよ」
「あの頃は本当に落ち込んじゃって、私はまた作品を描けるのかしら、こんなに親と大喧嘩して、というぐらいガックリきてたんですね」
「まあとにかく親と決裂したので変な親子の話を描いてやろうと。「メッシュ」ですね。ここでやっと私は親と対決する話を描くハメになるんですね」
これまでの70年代の作品は『ポーの一族』にせよ『スター・レッド』にせよ、主人公が過酷な運命に翻弄されるという悲劇的な色調はあるにせよ、どこか絵空ごとというか、現実ではないあくまでも物語の中の話として楽しめていましたが、『訪問者』や本作品になると、両親とのいさかいという背景をもとに、たちまち作品世界においても主人公の過酷な運命は現実味を帯びたものとなり、読む側にもそれが突きつけられるのです。
私は作者の描く「絵空ごと」の作風が好きなのであって、現実を突きつけられるのは好みません。
おそらく当時の私はその画風から、そしてそこに『訪問者』と同質のものを感じて作品の内容を読み取り、そのため本作品を遠ざけていたのだろうと思います。
だから本書の評価を「★3つ」としたのは、そういう私個人の好みによるものです。