「逃避」この映画、というか映像集に於けるマイケルはとにかく逃げ回っている。
クレイアニメの気味悪いグルーピーからも。
大仰な犯罪組織の兵隊達からも。
そして大人である事からも。
かれはを童心を忘れない人だ。童心を必死になって守ろうとしている。意固地になっている様にさえ映る。
「大人になんかなりたくねーよ!」ピーターパンに憧れ、バッドボーイを演じ、機敏かつセクシャルな動きで世を挑発した。だがそれらが何者かの存在によって半ば強制させられてきたものだと考えたら…恐ろしい話である。
子供の頃からショウビズに携わってきたマイケルにとって、大人に成る、という事は「凄腕の犯罪者」組織の一員に成るという事とイコールだったのかもしれない。
一人で、しかも生身で組織と戦うのには限度がある。だからかれは子供のまま逃避を続けた。
ライブでは観客に助力を乞うた。
「皆分かっているはずだ」「今すぐ一緒に集まろうぜ」と。
いよいよ切羽詰まると、人外の物に変身までして切り抜けた。
子供の命をヤクの金蔓かゴキブリ以下としか見ていない悪は、映画向けに作られた大袈裟なキャラクターではなく、実在する。
そして悲しいことにマイケルはスーパースターになる途上で奴らと関係を持ってしまった。関係を持ったからスーパースターになれたと云うべきかもしれない。
もう放っておいてくれと主張しても、その縁は切れない。まとわりつくものから逃れるには、そのまま逃げるしかない。
この「ムーンウォーカー」という作品は、マイケル・ジャクソンという大いなる才能が、何と戦う為に逃げていたのかを知らしめてくれる。
一つの娯楽としては稚拙で説明不足、支離滅裂なところもあるが、それは仮想敵が強大すぎたが故の副作用であろう。
エルヴィスもそうであったが、マイケルはその不審な死から在命説を唱える人もいる。
ひょっとしたら逃げ回るのに疲れたんで何かに変身してほとぼりが冷めるのを待っているのかもしれない。
ただ、どちらにしてもマイケル・ジャクソンが表舞台に立つことは、もうないのだろう。