これまで、ムッソリーニやファシズムに関して扱っている著作をいくつか見てきたが、本書は完成度の高い著作だと思う。
本書は、ムッソリーニのファシズム政権が具体的に如何に権力を獲得し、どのような経済、外交政策を行ってきたかが、詳細に扱われている。政権の成立に至るまでのファシズムの思想的背景はもちろんのこと、ムッソリーニ個人の略歴、思想的背景についても、ロマノ・ヴルピッタの「ムッソリーニ 一イタリア人の物語」のような専門的な個人史には及ばないものの、クセジュの分量を考えれば、十分と言えるほどの説明がなされている。
ファシズムというと、ヒトラーとナチズムが想起されがちだが(クセジュに同名の著作がある。お勧めしたい)、本書においては、明確に両者が区別されており、ファシズム政権は、イタリアのムッソリーニが統治する体制を指し、ドイツのヒトラーの政権は、ナチズムと呼ばれている。
このような名目上の分類だけではなく、両者の政策には大きな隔たりがある。例えば、ナチズムはユダヤ人を激しく迫害した一方で、ファシズム政権は、あくまでもドイツに追従した形での限定的なものになっている(もっとも、これをイタリア人の気質と考える向きもあるが)。
本書は多角的な方面から、ファシズム政権を分析している。経済政策に関して言えば、IRI(産業復興公社)の設立による国内産業の活性化政策。思想面に関して言えば、知識人として有名であった、ベネディクト・クローチェとファシズム政権の関係。ガリバルディにも解決できなかったローマ教皇(カトリック)との和解などについて分析が行われている。
著者は、むすびにおいて、戦後イタリアにおいてもファシズム系の勢力が一定数存在し、議席を増やしたことについて触れ、そのような行動は、彼らの矛盾した思想から、現実性を失い、必ず失敗するだろうと書いている。
著者のいうように、ファシズムが再びイタリアにおいて成功することは非現実的であるが、何らかの影響を残したことは事実であるだろう。もちろん、評価されるべき点と批判されるべき点が存在することは、否定しないが。