すでに何人かの方の優れたレビューがありますが、目下のところ、この本は私の瞑想実践の「バイブル」なので、私見ながら追加させていただきます。
まず驚くのは、この本は大変に薄い「指導書=マニュアル」なのですが、最終的な「阿羅漢果」到達までの道筋、その間に注意するべき点などが、平明かつ丁寧に書かれていることです。これほど、ヴィパッサナー実践とそれによって得られる「果」について、徹底して全体的に書かれた本は他にないように思います。ですから、他の方も指摘されているように、全く初心者向けの本ではありませんが、きちんと初心者向けの指導を受け、真剣にヴィパッサナー実践を続けていこうと思われている方には、必ずや得るところがあると思います。
この本にはそれ以外にも、「行住坐臥」、眠っている間以外は常にサティを続けていく「日常の実践」について詳しく書かれています。これは大変に参考になります。以下に、この「日常の瞑想」についての、ウィジャナンダー大僧正のお話をご紹介しておきます。(これは「編者あとがき」中にあるものです。)
(インタビューア)そうすると、瞑想は、僧侶とか出家者の専売特許ではなく、サラリーマンや一般の人達にでも、日常生活の中でも、やろうとする意思があれば、できるものなのでしょうか。
(大僧正)すぐできます。何故なら、自由な時間と場所、自由な姿勢でできるからです。
。。。(中略)。。。
人間の最高の英知は、自分自身を探求する知性です。瞑想することは、自分自身の探求に他なりません。多少とも瞑想の意義が分かっていながら、ヒマがないとこぼす人は、1日のなかで、どんなに多くの時間がつまらないことに費やされているかを知らない人です。この無駄な時間を活用すれば、瞑想の時間を十分に作り出すことができます。家庭の中でも、職場の中でも、通勤電車の中でも、日常生活の中における瞑想は、本人の意思により、やる気があればできます。瞑想することに対して、現代人は難しく考えすぎではないでしょうか。
ということなのですが、これは私にとっては目下のチャレンジ課題で、この喧騒に取り囲まれた現代の生活の中では、実際のところ本当に難しい。ちょっと油断すると「妄想の嵐」でサティなどどこへやら。。。という自分に気が付くことがしばしば。しかし「何にせよ、練習なくして身につくスキルはない」わけで、とにかく「実践あるのみ」だと思っています。