原作の本は未読なので何も言えないが、
映画化作品についてはかなり力の入った大作なのだ
と聞いていたので、期待して見たのですが、
率直な感想としてはこの映画を見て、
日本映画でのアクション映画のリアリティについての限界を
改めて痛烈に感じてしまった。
小説にしても映画にしても、
最近では、実際にその世界に身を置いた経験者による原作…
などというものが増えてきたり、劇映画について言えば、
最低限度の現実味は維持されなくてはいけないわけで、
特に軍事的な要素が強い内容の場合、オブザーバー的に、
現役とはいかなくともその道のプロや専門家が制作に参加していたりする。
この映画の場合は果たしてどうなのだろうか?
基本的に映画をあんまり酷評するのは好きではないのですが、
映画好きのひとりとして、
このテキトウさが消えて無くなって欲しいと願っているので、
どうしても突っ込みたくなるところをいくつか…
主人公たちの大沢たかおと玉木宏は、雪深い山の中で、
明らかによく訓練された謎の武装集団に何度も捕捉され、
多数の兵士による激しい銃撃を受けながらも、
比較的簡単に危機を脱し、逃げおおせてしまう。
特に最初の遭遇では、
小さなテントの中に煌々と明かりを灯して
すっかりくつろいだ状態で、主人公ふたりが完全に無防備な中、
訓練された兵士であれば絶対に外すことなどないであろうに、
丸腰の人間ふたりを、複数の兵士の奇襲にもかかわらず、
いとも簡単に逃してしまう。
本当に彼らは兵士なのか?…と首を傾げたくなる。
はたまた弾薬が限られているはずの状況は明らかなのに、
武装集団はひたすら遠くの的を連射で無駄に撃ち続ける。
一発も当たらない…
墜落したステルス機の残骸の中で、
完全武装の集団を相手に、
自衛隊レンジャーの兵士(吉田栄作)ひとりが応戦。
迫りくる謎の敵は本当にこの場所を確保したいと思っているのか?
と不思議思うほど迫力に欠ける。
たったひとりのレンジャー相手に
既に背後からの接近ルートがあるにも関わらず、
ひたすら正面からの人海戦術のみ…
緊迫の戦闘中、
大沢たかおは吉田栄作ひとりに応戦を任せて、
首相官邸とテレビ無線電話でのんびりとお涙頂戴を繰り広げたりする。
どこか抜け落ちたような不自然さがぬぐえない脚本と演出で、
せっかく頑張っている俳優さんたちの好演も、
なんとなく空回り…
徴兵制がある韓国で制作された作品なら、
男性俳優が実際に銃を撃つ訓練を実際に受けたことがあり、
昔の任侠映画の役者さんたちが
日本刀の怖さを充分知っていたのと同じように、
銃で狙われ、撃たれることの怖さをある程度知っており、
自然と演技にもそれが反映される。
根底に真剣さの違いがあるのだと思う。
まぁ逆に見れば日本は一生懸命にリアリティを増そうと、
頑張っても頑張ってもリアルになり切れないほど、
戦争や紛争から遠ざかっているという風にも考えれるわけで、
それはそれで本当はいいことなのかもしれないと納得したりもする。
リアリティは大切だけど、
でもそれは決して惨さを露骨に見せることとは限らず、
せめて矛盾と不自然さだけは無くして欲しいと思う。
観客が簡単に気付いてしまうような矛盾と不自然さを、
気付かないのか?これでいいと思っているのか?
数多くの「えっ?」を、
そのまま作品の特色でもあるかのように残したまま
平気で公開するようでは、
やっぱりこの手の作品は原作を越えられないと思ったりします。
(この作品は読んでないけど…)
穂高が舞台…といいながら、
山の雄大さもあまり感じられないカメラワークもちょっと残念。
もっとカメラを山や空に向けるシーンも見たかった…