出版社/著者からの内容紹介
どんなエライ人も英語は苦手!誰だって絶対上達します!!
英語が全然しゃべれなかった著者が、在日米軍のタイピストから日本一の同時通訳者に。名著『私も英語が話せなかった』待望の最新リニューアル文庫化!!
「シュークリームをください」といえば靴屋を紹介され、「水虫の薬をちょうだい」といえば店のオヤジは首をかしげる――
国際化時代の人間国宝と絶賛される同時通訳のパイオニアも、じつは英語がまるでダメだった!米軍のタイピストから当代随一の同時通訳者への道程には、珍訳・迷訳、とんでもない失敗談の数々が……。
英語を学ぶすべての人に愛された、ユーモアと笑いがいっぱいのロングベストセラー『私も英語が話せなかった』待望の再編集文庫化!!
英語が全然しゃべれなかった著者が、在日米軍のタイピストから日本一の同時通訳者に。名著『私も英語が話せなかった』待望の最新リニューアル文庫化!!
「シュークリームをください」といえば靴屋を紹介され、「水虫の薬をちょうだい」といえば店のオヤジは首をかしげる――
国際化時代の人間国宝と絶賛される同時通訳のパイオニアも、じつは英語がまるでダメだった!米軍のタイピストから当代随一の同時通訳者への道程には、珍訳・迷訳、とんでもない失敗談の数々が……。
英語を学ぶすべての人に愛された、ユーモアと笑いがいっぱいのロングベストセラー『私も英語が話せなかった』待望の再編集文庫化!!
内容(「BOOK」データベースより)
「シュークリームをください」といえば靴屋を紹介され、「水虫の薬をちょうだい」といえば店のオヤジは首をかしげる―国際化時代の人間国宝と絶賛される同時通訳のパイオニアも、じつは英語がまるでダメだった!米軍のタイピストから当代随一の同時通訳者への道程には、珍訳・迷訳、とんでもない失敗談の数々が…。英語を学ぶすべての人に愛された、ユーモアと笑いがいっぱいのロングベストセラー『私も英語が話せなかった』待望の再編集文庫化。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
村松 増美
1930年東京都に生まれる。日英同時通訳のパイオニア。1956年、日本生産性本部派遣同時通訳者第一陣として渡米。米国国務省、日米貿易協議会を経て、1965年に帰国。アポロ宇宙中継、先進国サミットなど各界の国際会議の同時通訳を務めたほか、通訳者養成、異文化コミュニケーションなどの分野で働く。サイマル・インターナショナル会長、サイマル・アカデミー校長を1997年に退任し、執筆・講演活動等で活躍中。コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ講師(非常勤、TESOL MA課程)、シドニー・ウェスト・インターナショナル・カレッジ顧問、日本英語交流連盟評議員、日本笑い学会理事・関東支部長、日豪ニュージーランド協会理事、国際ユーモア学会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1930年東京都に生まれる。日英同時通訳のパイオニア。1956年、日本生産性本部派遣同時通訳者第一陣として渡米。米国国務省、日米貿易協議会を経て、1965年に帰国。アポロ宇宙中継、先進国サミットなど各界の国際会議の同時通訳を務めたほか、通訳者養成、異文化コミュニケーションなどの分野で働く。サイマル・インターナショナル会長、サイマル・アカデミー校長を1997年に退任し、執筆・講演活動等で活躍中。コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ講師(非常勤、TESOL MA課程)、シドニー・ウェスト・インターナショナル・カレッジ顧問、日本英語交流連盟評議員、日本笑い学会理事・関東支部長、日豪ニュージーランド協会理事、国際ユーモア学会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)