*【以下結末に触れています】
ニューヨークに暮らす大富豪バック一族の御曹司アーサー(ダドリー・ムーア)は、あり余る金で自由気ままに日々を送っていたが、実は、常に孤独にさいなまれ、酒でその孤独を紛らわせていた。彼の唯一の友人は、幼いころから、アーサーの面倒を見ている執事ホブソン(サー・ジョン・ギールガッド)のみ。ホブソンは、精神的にいつまでも子供のアーサーを心配していたが、そんな折、アーサーに政略結婚話が持ち上がる…。
金持ちが自分の身分に嫌気がさしていて、身分の違う相手と恋に落ちて初めて本当の幸せを知る、というプロットは、例えばジョージ・キューカーの『
素晴らしき休日【字幕版】』(1938)などを容易に連想させる(もっとも、この作品では、キャサリン・ヘップバーンが富豪の娘で、ケーリー・グラントが貧しい身分という逆の設定ではあるが。むしろ、ヘップバーンの飲んだくれの兄ルー・エアーズがアーサーの造型に影響を与えているというべきかもしれない)。本作が、そういった「往年の」ロマンチック・コメディを目指しているのは明らかだ。80年代にしては、珍しいクラシカルでグッド・オールド・ムービー的な雰囲気の作風が新鮮だったのか、アメリカでは、81年の興行成績7位を記録したほどのスマッシュ・ヒットとなった。2011年には、ラッセル・ブランド主演でリメイク『
Arthur (2011) [DVD]』が作られたことも記憶に新しい(ただし、日本劇場未公開)。
一言でいえば、ロマンチック・コメディということになるのだろう。にもかかわらず、一向にロマンチックではないのはどうしたことだろう?主演のムーアは、常に酒の入ったグラスを手に持ち、下卑たバカ笑いをしながら娼婦を引っ掛けるような男だが、その短躯と童顔の相貌もあって(サイレント期の喜劇俳優、ハリー・ラングドンと同じ魅力とでも言ったらいいか)、劇中の女たちが彼を評するように、実に「キュート」で憎めない印象だ。バート・バカラックによる主題曲"Best That You Can Do"(アカデミー主題歌賞受賞)も甘くメロウな調子で雰囲気を盛り上げる。ところが、アーサーが恋に落ちることになる肝心の相手がライザ・ミネリというのだからいただけない。もうこの時点でロマンチックになるわけがないのだ!
言うまでもないことだが、ミネリは、母ジュディ・ガーランドから歌う才能を授かり、『
キャバレー リバース・エディション [DVD]』(1972)や『
ニューヨーク・ニューヨーク [Blu-ray]』(1977)では、母親にも劣らないエネルギッシュな歌いっぷりを披露したエンターテイナーとして超一流の人物だ。一方で、ラナ・ターナやヘディ・ラマーなど、MGMの美人女優たちの中で、「常に自分の不美人ぶり」を嘆き悩み続けてきた母親同様、愛嬌があり庶民的ではあるが、女優としては不利ともいえる顔も受け継いだ。正直なところロマンチック・コメディ向きの顔ではない。彼女が初めて登場するシーンにしても、おかしな赤いカウボーイ・ハットを被り、黄色い服を着た万引娘(!)として登場するのだが、その奇妙な服装で目立たせてはいるものの、彼女自身については、ほとんど無関心ともいえる演出である。本来ならば―少なくともロマンチック・コメディならば―、綺麗な、あるいは可愛らしいクローズアップ・ショットのひとつでも挿入してほしいところだ。続いて、警備員に万引を咎められると、逆ギレし、警察を呼ぶと息巻くあたりの厚かましさにも辟易してしまう(このあたりは、ミネリのエネルギッシュな面がかえって欠点になっている)。とても共感を寄せられるとは言い難い女性なのだ。そんな彼女の姿を見て、アーサーは一目惚れしてしまうというのだから、観る側としては、ますます釈然としない。完全なミスキャストだろう。監督のスティーブ・ゴードンは、本作が初監督であり、そして翌82年に急逝したということだが、初監督作品(そして唯一の作品)にしては、それなりに軽くスマートに仕上げているものの、ことミネリを魅力的に撮るということ(ロマンチック・コメディではヒロインを綺麗に撮ることが不可欠だ)に関しては、完全にお手上げだったようだ。
そのミネリのミスキャストぶりを補って余りあるのが、執事ホブソンを演じたジョン・ギールガッド(アカデミー助演男優賞受賞)。イギリスのシェークスピア俳優の重鎮が、礼儀正しく、表情を押し殺した澄まし顔で、下品なアメリカ英語を吐くのが可笑しい。アーサーが風呂に入ると、泰然と新聞を読みながら、独り言のように、「坊ちゃんの"Dick"(男性自身)を洗うなんてゴメンです!」と呟いたり、アーサーの悪口を言う相手に対しては、「"Go Screw Yourself!"(おっ死ね!)」とすごんだりして、一人場面をさらっていく。言葉だけでは済まない時も。いつまでも子供じみた言動をするアーサーを叱るために(と同時に激励の意味もこめて)、これまた澄ました顔で、アーサーの頭をシルクハットでポカリと叩いたり、往復ビンタをくらわせたりもする。ホブソンは、アーサーの父親であり、母親であり、妻であり、友人の役割を果たしているのだ。
死期が迫り、病床に臥すホブソンのもとにアーサーが見舞いに来る場面は、2人の静かな、しかし深い情愛が感じられる、しみじみとしたいい場面だ。相変わらず、子供じみたアーサーが、見舞いとしてカウボーイ・ハットとおもちゃの拳銃を持ってくるのだが、ホブスンは仕方なく(しかし、どこか嬉しそうに)、アーサーのために一緒にカウボーイのいでたちをしてみせる。そして、それがアーサーとホブソンとの永遠の別れとなる(ホブソンの死の愁嘆場を一切省略した演出も巧い)。
このギールガッドのホブソンが、あまりに魅力的で素晴らしすぎて、本来、アーサーの恋人であるはずのライザ・ミネリ演じるヒロイン、リンダの存在を一気に消し飛ばしてしまった感じだ。本作は、実は、アーサーとリンダの恋物語である以上に、アーサーとホブソンの愛情物語なのだ。いわば、ホブソンとリンダは、アーサーを巡る恋敵(!)であり、それを演じた百戦錬磨のシェークスピア俳優ギールグッドの前では、ライザ・ミネリごときなど、当然、勝ち目がないのである。
本VHSは、ヴィデオ全盛期の80年代後半に発売されたもの。トリミング画角の上、あまり鮮やかでない色調だが、当時のクオリティの標準だろう。音声は特に問題ない。1997年の米盤DVD(こちらも、1.33:1 スタンダードにトリミングされた画角という呆れた仕様)発売後、日本盤発売のウワサは一切聞こえてこないのが残念だ。このままだと、ワーナー・ホーム・ビデオが自社で発売せずに、例によって、TSUTAYAが、オン・デマンドDVD-R(本VHSをマスターとして)で発売という可能性が高いが、それだけは勘弁して欲しいところだ。