ミカるんX、最終巻になります。
とにかく面白かった!
悲劇に彩られた孤独な旅立ちになるかと思いきや、むしろある種の希望をはらんだ未来への旅立ちでした。かつて宇宙へ旅立つということは創作作品において希望に満ちたものであったはずです。そんな暖かな明るい未来の感触を抱きつつも、完結した次の頁では船団が全滅しているかもしれない。つまりサイコロを振ってみなければわからないからこそ未来であるのです。
人類が次のステージに立つ、というテーマは、SF作品ではしばし語られるテーマであり、また創作作品の袋小路にはまるテーマでもあります。なぜなら私たちは次のステージに立っていないので、次のステージを想像できないからです。
高遠先生は、作中で自問自答しています。人類を切ってソウルボイジャーとして生きるのか、人類とともに人類として死ぬのか。
その回答は「愛」……という名の他者への執着。バロムワンとかウルトラセブンと言った特撮系の「二人で一つ」の設定が、このように生かされるとは!
この人類の執着を、「愚かしいが神にも誇れる」とナレーション、つまりミカさんの親父、つまり高遠先生が語ります。ミカさんの親父が主役だったんですねー。
考えてみればソウルボイジャーという存在そのものが、進化の袋小路です。進化とともに個体数が減少し、ついには一人に成り果てたのがソウルボイジャーですから。そこから先がありません。
しかし他人に「愛」で執着し一人(孤独)でいることを良しとしない人類の愚かしさこそがいずれは宇宙に満ち満ちるかもしれない。進化の多様性を生み出し、なにより冷たい宇宙を少しは暖かくするかもしれない。無限に無定見に広がっていくしかない宇宙を内側から満たす秩序として。
上で書いたことは高遠先生がミカるんで描いたことを私が(誤解も含めながら)拙く読み解いたにすぎません。
こんなごたくよりも本書を読むGO!