マーラーは51歳まで生きたと思っている人が少なくない。実際には7月に生まれ5月没だから享年50歳。私はつい先日、とうとうマーラーを追い越してしまった。
マーラーは不遇でも不幸でもなかった、と主張する本が好評である。私はこれを、著者の予断に基づく、人間心理を理解していない作品であるとして批判した。確かにマーラーは不遇ではなかった。しかし、世間的な成功と幸不幸とがまったく別問題だ、ということは、どうやら理解されないらしい。指揮者として成功し、作曲家としても生前からある程度は報われ、美しい妻をもち、どこでも名士として扱われた、そのどこが不幸か、ということらしい。そう思う人は何もわかっていない、と私は思う。マーラーの人生はやはり苦悩に満ちていた、と思う。
そんな私にとってさえ、この映画は、マーラーという偶像を破壊する代物であった。やり過ぎ。ここまで作曲家を矮小化していいのか。一人の女性に溺れ、コキュに成り下がってもなお縋るように愛し続ける哀れな男として描かれるマーラー。妻の不倫と無理解は、彼の不幸の一因ではあっただろう。しかし彼が作品に託した世界苦は、いったいどこへ行ったのか。これでは、女に振り回された哀れな中年男、それが偶々上流階級であっただけのこと。安っぽいヴェリスモ・オペラ。映像はとても美しいけれど。
アルマが老け顔なのも違和感がある。この、「まず自分が大事」「いつも私が一番」でないと不満な女が、それでも夫のため、一時的に努力したことは確かだろう。しかし私は、美しいことと多少才気があること以外、(後世に残すほどの)取り柄のない彼女が、周囲(男たち)からちやほやされて、神と対等になれると思ったことに、そもそもの間違いがあったと思う。マーラーの妻であることは誰にとっても至難であったはずだ。けれど彼女のした事は….。彼女はマーラーの死後も、彼を利用し、彼の人生を歪めたではないか!