ワルターの、マーラーの、ウィーン・フィルの、のみならず、クラシック音楽史上屈指の名盤である。
もともとマーラーの九番はなぜか(伝説的)名演に恵まれている。バルビローリ然り、ジュリーニ然り。その中でも、この曲の初演者でもあるワルター盤は特筆すべき「ドキュメント」である。
この演奏の背景については多くがすでに語られている。戦前のワルター=ウィーンの最後の演奏会、ナチス・ドイツによるオーストリア併合の直前、ユダヤ人であったワルターが身の危険を感じつつ師に捧げた演奏。そんな中での演奏は、予備知識なしでも十分に感じることができる(だから知らないと共感できない、というのは全くの誤りだ)。
誰でも気付くのはこの異常なテンポであろう。おそらく現存する録音の中では最も速い(逆に最も遅いのはジュリーニと思われる)。第二楽章、第三楽章では、ワルターのどうしようもない焦燥が伝わってくる。逆に、第一楽章は自由にテンポを動かし、諦念に満ちた第四楽章に接続する。おそらくワルター自身、自分の感情を抑制できなかったのだろう。自らのレコードを好んで聴いていたと伝えられるワルターが「決して聴きたくないレコード」と評したのは、そのせいもあったのかもしれない。
まさしくベンヤミンのいう「アウラ」に溢れた演奏。フルトベングラー「合唱」と並ぶ、クラシック音楽録音史上の大名盤である。
なお、SP時代の録音としては、状態は極めてよく、ワルターの意図は十二分に伝わってくる。
また、この曲を愛する方には、バルビローリとジュリーニの名演も併せてお勧めしておきたい。