さまざまなメディアでウワサされ、鳴り物入りで登場したテンシュテット畢生の「復活」ライヴ。
現状はしかし賛否両論というところだろうが、私は単純に、しかも猛烈に感動した。
まずもって、快速ピリオド系の演奏がどんどん主流になってゆく昨今にあっては、ソモソモこれだけ遅い演奏そのものが今後はしばらく登場しないだろうからだ。
もちろん、遅けりゃ何でもイイわけではないが、この遅さは説得力がある。特にマーラー解釈においては生前から定評のあったテンシュテットだけあって、さすがの集中力と説得力、と単純に感じ入る。しかも終楽章のコーダまでまったく弛緩することなく、高いテンションを保ったままグイグイと聴き手を引っ張ってゆくのは、ヤッパリ大した手腕だ。「遅いマーラー」ということで思い出されるのはつい最近リリースされた大植英次の9番だが、これは好対照で、弛緩しまくり。やはり遅いテンポ設定というのは、実はかえって指揮者や演奏者にとってはより難しいのだろう。遅いのだけど、指揮者もオケもソリストも合唱も、いい意味で燃えさかっているのがよく分かる。コーダの遅さと迫力、そしてオンマイクな録音も手伝って、もの凄い迫力だ。EMIのスタジオ録音との比較においてもさまざまな意見があるようだが、私は文句なくこちらを取りたい。このコーダを聴き終えた後、これももの凄い拍手とブラヴォーの嵐になるが、いやいや、私もこの場に居合わせてこの感動を味わい、この日の聴衆と共にブラヴォーを叫びたかったと思う。
迫力だけを強調したが、しかし細やかな歌心にも欠けておらず、細部のオケ・ドライブも見事に美しい。こちらも「さすがはテンシュテット」と唸るしかない。ロンドン・フィルもやはり「テンシュテットとのマーラー」というので、思い入れもハンパではなかったのだろう、冒頭から並外れた集中力を見せる。例えば冒頭の弦による咆哮のあとにはフェルマータがあり、冒頭だけにここは揃いにくいのだが(しかもテンシュテットのフェルマータはやっぱり長いので、合わせづらいであろうことは容易に想像できる)、見事にバッチリ合っている。
そして最後に忘れてならないのが、録音だ。ライヴなので時折サチっているが、全体的に見てとてもオンマイクな録音だ。従って各楽器の(時には弦の個人まで、合唱の個人まで)分離がとてもよく、コーフンするにはもってこいの録音だと思う。「自然な録音か」と言われると答えに窮すが、「生々しいか」というと文句なくYes。時にはテンシュテットの足踏みまで聞くことができ、在りし日の彼の勇姿を思い起こさせる。
あらゆるマーラー・ファン必聴の一枚、と躊躇なく断言しよう。