おもしろ過ぎて、一気に読みふけってしまった。
関西人同士(金氏は大阪市、玉木氏は京都市の出身)という、ノリの良さ
なのか、ともすれば“世紀末の陰翳”の象徴のように語られるコムズカシイ
大作の森へ、決して鬱陶しいオタク話に陥らずに、すっきりと導いてくれる。
二人の組み合わせによる既刊書は、「ベートーヴェン」も「ロマン派」も
読んでいるが、本書がいちばんおもしろい。…といっても前作がつまらない、
という意味ではありません。前作も、それこそ、ベートーヴェンやマーラーの
“最初の交響曲”同様、意外性や切れ味など再読するたびに様々な発見あり。
しかし、マーラーの長生した妻・アルマにバーンスタインが会った話などを
引き合いに(そして、そのバーンスタインの格好良さにしびれ、彼の演奏を
聴くことでクラシック全般に関心が向かったという玉木氏の該博な知識や
自在な視点が呼び水になって)、マーラーがいかに“現代に直結する作曲家”
であるかということを清新に語っている点で、前作にない魅力に溢れている。
同時に、マーラーが、第1番の交響曲を初演した時代というのは、
ブラームスもブルックナーも健在(それぞれ、4番と8番の交響曲の頃)。
つまり、マーラーがまぎれもなく、19世紀の爛熟したロマン派文化の中で
生い育ちながら、その後1作ごとに新しい試みを重ね、新たな交響曲文化の
創造者に昇華したということも、実にわくわくさせる筆致で読ませてくれる。
どこを読んでも面白いけれど、特に感心した点を、二つ。
まず、金氏は指揮者だから当然かも知れないが、空前の規模をもち、かつ、
作曲者自身が最高の作品と自賛した第8番を、作品として高く評価しながら、
自分がまだ振っていないことを明言し、決して上滑りな話をしていないこと
(それゆえ、本書を読むとぜひ、金指揮の第8番を聴きたくなるけど)。
もう一つは、(玉木氏の視点であることを断わったうえで)マーラーと、
夏目漱石の同時代性に言及していること。1860〜1911のマーラーと、
1867〜1916の漱石が同時代人であることは自明(ただしお互いに知らず)。
だが、世代を超えて日本で最も読み継がれている漱石は、マーラー同様、
第一級の知識人ながら読者(聴衆)の関心に配慮し、1作ごとに新しい試みを
重ねた苦労人。それは諸作品の書き出しの“つかみ”に明快に現われている。
それを踏まえた上で、作曲家の最初の音づくりとの類似を指摘している点。
本書は、別に比較文化論の本ではない。もちろん、著者の蘊蓄を自慢する
煩瑣な本でもない。だが、前作同様、旬の指揮者ならではのイキのいい表現が
ますます冴えている上に(自虐気味に「私生活」を暗示する表現もあり…)、
音楽とスポーツの手練れの書き手ならではの、漱石とマーラーの対比のような、
扱い様によっては失笑されかねない、だが、彼らのような巧者が繰り出せば、
効果抜群の話もふんだんにあって、興奮必至のマーラーへの案内になっている。