実に懐かしい名前をこの新訳の中で発見した。
バリラ。
私は『料理王国』誌の広告営業を担当した当時、
日本市場に参入・浸透を企図した多くの外資系企業を媒介したのだが、
バリラのしたたかで華麗ともいえる市場席捲は当時の責任者の怜悧さとともに
その中でもとりわけ目を引く存在だった。
ライズのこの新訳は、いわば渦中にあった私が一方で市場を教導しながらも、
同時に実は見事に(バリラに)教導され包摂されていたことを教えてくれる。
それが昨今語られる「消費者をそそのかす」ような広告(含、PR)ではなく、
ある種一途に「イタリアNO.1」であることを理解してほしいという姿勢で貫かれていたことは実に印象深い。
それにしてもライズが放つ視座にはいわゆる机上のもの特有の軽薄性をさほど感じない。
現場のマネジメントや営業が大いに共感しうる洞察を含んでいるからである。
マーケティング脳とマネジメント脳、右脳と左脳(この切り口は読み物としてのおもしろみはあるが、
好対照にするには多少無理がありそうだ。)の双方がまさにその「洞察」において結節し、
しかもそこが、現下、広告(営業)分野が失速している致命的急所のひとつである点を見落としてはいけない。
なぜ机上に近いはずのコンサル、ライズ父娘がその「洞察」を手にしたか、
私はまさにそれをバリラの章で気づかされたのである。
果たしてそれは何をめぐる「洞察」なのか。
全章の随所にそれへの示唆が施されている。
ぜひそれを掌中にすることだ。
また、マーケッターといえば、ビジネス・パーソンの無知につけこんで仕込み、稼ぐ人種であると思われがちな今日、
真正の「洞察」が現場にいかに雄弁であるかを示す快作としてもこの新訳を推したいと思う。