企業でマーケティングに関わっているものは、コトラーの『戦略的マーケティング』など、標準的な教科書で学び、実務においても教科書の枠組みでマーケティング施策を立案しているはずである。一度学んだ思考の枠組みを『脱構築』するのは至難の業である。本書は、そのようなマーケティングの「常識」(パラダイムあるいは理論)がどのようにして生まれ、どのような限界を持ち、現実の方がいかに「常識」を乗り越えてきたかを論じている。研究史が主題なので、実務家にとって読みやすいとは言えないが、日頃どっぷり浸かっている「常識」の垢を少しでも洗い流したい人に、是非お奨めしたい。
全10章のうち、大半の7章がマーケティング理論、残り3章が流通理論の研究パラダイムをレビューし、戦後の研究を画したユニークな理論の紹介とそれに対する反論、あるいは反反論をたどっている。著者もいくつかの論争の当事者であるが、必ずしも自論に甘いという訳ではない。それにしても、アメリカの真似ではない、日本独自のユニークな理論が生まれてきたことを知って(関係者には申し訳ないが)意外な思いをした。
著者が研究史をたどる際の基本的な切口は、パラダイムにどっぷり浸かった研究者が、研究上の概念でしかないものが実在すると思い込むことで、自ら限界を引き寄せていないか、という視点である。一言でいえば「実在論対反実在論」の切口である。現在で言えば、マーケティングにおけるインターネットの役割をこの切口で反省すれば、新たな発見の糸口が見つかるかもしれない。
マーケティングの研究書ではあるが、社会科学全般に通じる深いアプローチの内容である。自らはなかなか気付かない、自分のはまっているパラダイムが何者か、知るためにも役立つ、思想書としても読み解くことが可能な本である。