中野康司氏によるオースティンの6つの主要小説の翻訳が、これで完結。『マンスフィールド・パーク』は、“道徳的”すぎてつまらないという人もいる。たしかに、主人公のファニーも、彼女と結ばれる牧師のエドマンドも、どちらもぱっとしない生真面目な男女で、『高慢と偏見』のリジーとダーシーのような“華”がないことは事実である。だが、美人でもなく、お金もなく、口下手で内向的な少女ファニーが、自分で納得できる結婚をしたいと奮闘する物語は、十分に感動的だ。人は誰もが、絵に描いたような恋愛ができる資質を備えているわけではない。だが、非モテ系の不器用な男女も、それなりの“恋”を経験して結婚してゆく。そういう物語である本作は、オースティンの成熟した恋愛観を示す傑作小説と言える。中野氏の新訳はとても読みやすい。既訳と比べてみよう。「と云うのは、手腕、作法、心遣い、愛想のなし得るすべてをもって口説かれても、己れの分別に背いた恋心を抱くことなど絶対に不可能な、いかんとも度し難い十八歳の若き女性達と云うのは確かにいるものであるが(さもなくばそう云う女性達に小説でお眼に掛ることまずあり得ない訳である)、私はファニーがそう云う女性達の一人だとはとても信じたくない」(中公文庫訳)/「もちろん世の中には、難攻不落の十八歳のお嬢さんはいるかもしれない。つまり、いかなる才能と策略と心づかいとお世辞をもって言い寄られても、自分の分別に反する恋は絶対にしないというお嬢さんはいるかもしれない。そうでなければ、そういうお嬢さんが小説に登場するはずがない。でも私は、ファニーがそういう難攻不落のお嬢さんだとは思わない」(中野訳)。分りやすい日本語ゆえに、オースティンのユーモアと諧謔がよく読み取れる。