経済学テキストの役割は幾つかあるが、その中でももっとも基本的かつ当然に必要な役割とは、現実の経済現象や経済問題を理解するのにどれだけ手助けしてくれるか、である。本書はその意味で極めてよく出来ている。
『マンキュー経済学』は、本書「マクロ編」も別冊「ミクロ編」においても、経済理解のためにフル活用されるのは需給均衡分析(著者のいう「3段階アプローチ」)と生産可能性フロンティアである。本書「マクロ編」では、開放マクロ理論で登場する貸付資金市場と外国為替市場、長期理論(古典派世界)における貨幣市場、短期および長期におけるAD/ASモデルなどが、現実の経済現象を見事に解き明かしていく。むろん、入門レベルの教科書として編まれているから、GDP関連事項や物価指数などマクロ経済指標や、金融システムや政策に関する基本事項(金融仲介機関や金融市場、信用創造)などの記述にも厚い。しかしこれらも、資格試験対策を意図した無味な書き方ではなく、あくまで現実経済の理解を助ける目的を感じる説明であり、いきおい本が分厚くなるのもうなづける。
ただ、完璧かというと、改善の必要な箇所がいくつかある。ひとつは長期の世界と短期の世界のもっとはっきりとした区別である。本文中に「これは長期の…」という記述があるものの、進み読むうちに新しく登場する理論やその説明図が、どちらの世界に基づいているのか判然としない場面にときおり遭遇する。垂直なAS曲線か右上がりのそれかなどでは混乱することは少ないが、実質利子率の決定がISバランス(財市場)で決定する貸付資金市場の話は、初心者にはどっちの世界に基づいているかなど、まずわからない。また二つ目はもっと問題である。詳細な説明は省くが、GDP=C+I+G+NXの式が、はじめは恒等式として定義されているのが、途中から市場における調整を必要とする均衡式に変化している。しかも恒等式の呼び名のまま均衡式を意図した説明にすり替わっている。恒等式は文字通り常に等しい式であって、調整を必要とするものではない。いくら入門書とはいえ、ここはぜひ説明を改善して欲しい。
とはいえ、やはり本書は大学生だけでなく、一般の社会人にも熟読して欲しいと思う。将来理論経済学の専門職を目指す人の場合は最初のステップに過ぎないかもしれないが、日本やアジアなど地域経済論を専攻する人たちに経済学を無視した議論が案外多い。少なくとも本書の内容を共通の知的基盤として持つことが出来れば、日本における経済論議も大きく底上げできるはずだ。本書はそれくらいの威力と価値を持っている。