私は大学の教養科目で、ヨーロッパ文化の根源にあるものを知っておけという意味で、必ずギリシャ悲劇『オイディプス王』の話をすることにしていますが、文学を読むのが苦手という人は、まずこの里中満智子さんのマンガ版を読み、続いてピエル・パオロ・パゾリーニ監督の映画『アポロンの地獄』の映像を見て、概要をしっかりつかんだうえで、原文の訳本に挑戦するようにと勧めています。
里中版『オイディプス王』は、ソポクレスの原作を忠実に踏まえて、15分で読めるように簡潔にまとめており、しかも、原作の意図の理解が的確です。
わが国では、フロイトの本を一知半解に読みかじって、この偉大な古典の創作意図そのものが「男の子の心に潜在する抑圧された欲望」を描くことにあったかのようにみなす俗説が広まっていますが、神々の意志と人間の意志との相克と和解を終生追い続けたソポクレスが、「抑圧された欲望によってすべてが説明できる」などという世界観をこの戯曲で訴えたとはとうてい思えません。マンガ版の作者の里中さんも、解説を書いている西村賀子さんも、その点をよくわきまえていますから、この本は俗説を克服する上でたいへん有益です。