今巷を何かと騒がしている比較文学者のヨコタ村上孝之による(どうして騒がしているか、詳しく知りたい人はネットで調べてみよう!)、「六年越し」のマンガ評論集。
「はじめに」において、著者は以前に自身のマンガに関する本が、夏目房之助から手痛い批判を食らったことを例に挙げ、マンガそのものに対する自分の立場を、デリダを援用しながら表明する。それは、本書全体を覆う著者のマンガ批評の要約と考えてもよいだろう。
著者はマンガを、デリダが言ったような「二次的なもの、奇妙なもの、周縁的、規制的なもの」(そもそもマンガの始まりからしてそうだ)であるとし、故にそれが伝えるメッセージは、両義性、重層性、分裂、矛盾を帯びたものとなると考える。
マンガは定義上マンガではあるが、(それ以前の)マンガからは逸脱していく。マンガはマンガであって、マンガでないのである。本書はそのことを、各章で違った観点から明かしていく(本書タイトルにある「欲望」とは、うがった見方をすればフロイトが最終的に「わからんっ!」と投げ出した、両義的な女性の欲望のことだったりして)。
本書では、もはやお馴染みの感があるマンガにおける映画的技法、内面の描写の考察に始まり、マンガにおけるジェンダー、リアリズムなどを考察する。各章が短いため、理論的には納得できても、果たしてそれが本当かどうかは、本書において挙げられる作品の引用が比較的に少ないため、何とも言えない。
しかしそれにしても、比較文学出身、いわばマンガ批評の外様であるはずの筆者が出したこの本に対して、マンガ学会を始めとする既存のマンガ研究に携わる人たちは、どのような反応を獲ったのだろうか。それもまた気になるところ。
私が書くまで、レビューは一件しかなかったのだが、逆にこの「レビューのなさ」が不気味である。