天正遣欧使節ということばは、かつて歴史の時間に習ったが、その後彼らがどうなっていったのかは、あまり考えたことがなかった。ただ、島原の乱があったことで、なんとなく悲劇的な人生となったのではないかという想像はしていた。
少年使節ということばで、ひとくくりに見ていたけれど、この小説では、その後4人が、それぞれ違う場所で違う最期を迎えたことがわかる。
その中でも、とくに大きく道が違っていたのが、この小説の主人公(あるいは、主人公の夫)の千々石ミゲルである。ミゲルは、4人の中で唯一人棄教したことと、棄教後清左衛門と名乗っていたことくらいしか、はっきりしないらしいのだが、作者は、その空白の歴史の中で、思う存分想像をはたらかせて、そうだったのかもしれないと思わせるようなフィクションを作り上げている。
信長時代には、日本におけるキリスト教の布教は順調に見えたが、秀吉、家康と時代が変わるにつれて、禁教令の厳しさが増していく。当時のヨーロッパのキリスト教会やそれぞれの教派の日本に対する思惑などについても、考証がされていて、説得力があった。