マリリン・モンロー、本名ノーマ・ジーン、1926年6/1私生児として生まれ、母親の生活の為、孤児院、里親のところを転々として生活する。16歳の時、ジム・ドアティと最初の結婚をするが、その後、モデルを経て女優への道を進む為結局離婚。ハリウッドでは、暫く芽が出なかったが、J・ハイドの支援で、イブの総てに出演。ヌードカレンダー事件があったが、告白記事により、かえって人気が高まり、プレイボーイ誌創刊号の表紙を飾り、ナイアガラ、紳士は金髪がお好きと続々とヒットを飛ばし、ジョー・デマジオと結婚、ハネムーンで日本を訪れた際の熱狂的歓迎は伝説的。その後も、続々とヒット作を出すが、七面目の浮気(スカートのまくり上がるシーンが有名)がきっかけで、デマジオと9ヶ月で離婚。その後、A・ミラーと結婚するが、次第に、酒、ドラッグに溺れる様になる。そして、荒馬と女〈原作A・ミラー)でクラーク・ゲーブルと共演するが、睡眠薬を過剰摂取し遅刻を頻繁に繰り返し、情緒不安定が極度に達する(この時の心労が元で、ゲーブルは心臓発作を起こしたといわれています)。また、ケネディー大統領へのハッピ・バースデー・ソングは、有名。そして、女房は生きているに主演しますが、素行不良のため、20世紀フォックス社を解雇されます。そして、1962年8/5死亡しますが、その死に不可解な事が多数あった事は、よくご存知だと思います。
モンローは、幼少期から苦労しますが、色んな人の助力を得て、女優として大輪の花を咲かせます。世間的には、大女優でしたが、彼女は、自分の生い立ち、教養のなさ等劣等感の塊でした。アクターズ・スタジオへ進んだり、インテリと付き合ったのは、その気持ちの裏返しです。また、3度の結婚をしましたが、結局は総て破綻、望んだにも拘らず、子宝にも恵まれませんでした。モンロー以前にも、以後にも多数のセクシー女優が出ましたが、彼女のようにずーっと人々の記憶に残っている人は誰もいません。ジョー・デマジオは、彼女の死後、週3回、20年間墓前に薔薇の花を捧げ続けました・・・・・
そんなモンローの生き方を著者は、共感を持って記述しています。また、主要作の解説、略年譜もついていて、非常にコンパクトに纏まっています。