※ラストに言及しているので、未見の方は要注意!
冒頭、オリンピックでのアベベの映像が映る。 アベベは、かつてムッソリーニによって侵略されたエチオピアの出身であり、さらに彼は、エチオピアの中でも被支配民族であるオロモ人だった。アベベがゴールインした瞬間は、虐げられし者が栄光を掴んだ瞬間でもある。
そのアベベの映像に続いて、マラソンをする主人公の映像が入る。 主人公の本名はトーマス・リービ(警察の取調の場面で一度だけ話す)。リービはユダヤ系の姓だ。さらに、彼の父親は赤狩りで職を追われた末に自殺している。
この映画は、単なる犯罪をめぐる暴力だけではなく、ユダヤ人の迫害をうっすらと背後に浮かび上がらせている。だからこそ、作品の持つ恐怖は深い。ちなみに原作者のW・ゴールドマンをはじめ、D・ホフマン、監督のJ・シュレシンジャーもユダヤ系だ。
彼ら作り手は「走る」という行為に様々な意味を与えている。父と兄に置いてけぼりにされる幼い主人公の姿が回想場面で描かれるが、最終的に彼は兄の復讐を果たし(ゼルは、主人公の兄と同じ腹部に致命傷を負う)、父親が自殺に用いた拳銃を川に捨て、マラソンコースを逆方向に「歩いて」いく。もう父や兄を追うことはなく、彼を“ベイブ”と呼ぶ者もいない。
この映画は、スリラーであると同時に、一人のユダヤ人青年が成長する物語でもある。 「ワケわからん」と思う人は、単に本人の理解力が不足しているだけの事。深いテーマを、スリラーという生地に巧みに縫い込んだ、娯楽映画の秀作だ。