『マジソン群の橋』15年ぶりに50を過ぎてもう一度見直してみました。
ネットなどで見ると割と悪評ばかりが気になる作品ですが、私としては一押しです。
とても良く結婚後の女性心理を表しているし、夫ある女性を愛してしまった男の心理や
愛を夢見続ける妻を持ってしまった男の苦悩も描いていて
愛や結婚についての定義とか、現実も随所随所に描かれています。
家族との日常の食事のシーンに対比したロバートとのロマンティックな二人の食事のシーン
『何か手伝おうか?』というロバート、必ず、食前酒を(それがたとえビールでも)フランチェスカにオファーするし
そして、テーブルにはキャンドルの灯りがともっています。
『みんな、食事よ!!!!』と大声で叫ばないと誰もテーブルにつかない家族での食事風景とは
まるで別世界です。
農夫の夫が好んで聞くラジオのチャンネルとフランチェスカが聴きたい音楽の違いにも
大きな大きな落差があります。
映画のクライマックスは映画の終盤
最後の食事の後でクリントイーストウッド扮するロバートがフランチェスカに『こんなに確かな愛は一生に一度しか出逢えない』という場面です。
不倫という枠を外して、本当にそれだけの確かな愛の形があるのならば、探してみたいと思うのは人の情というものです。
ただ、そういう愛を探すことに全く興味を示さない人も世の中にはたくさんいて
そもそもそういう人は映画作りに携わったりせずに
社会的地位や安定を求め、知の部分を追っているひとたちなので
この映画はただの都合の良い不倫映画だと断言するのではないか・・・と思っていしまいます。
けれどもここで注目してほしいのは
ロバートを追って家を出ないと決断をしたフランチェスカが言う言葉なのです。
『この街を出て貴方と暮らすようになれば、生活が始まり、今と同じような気持ちであなたを愛することは出来なくなる。
今のままあなたを愛し続けたいの。』
そうなのです、男と女の愛は生活感が伴うとそこでぷっつりと切れてしまうものなのかもしれない。
フランチェスカというか、作者はそれを知っていたし、多分ある意味真実味のある事実です。
ただ、子供が無い人はもしかしたら一生二人の愛だけを見つめて生きる事も出来るのかもしれない。
映画の中で、私が一番素敵だと思ったのはフランチェスカの夫が亡くなる前に
フランチェスカに告げる最後の言葉です。
様々な愛の形があることを学びます。
全部話してしまうと映画を観て下さる人がいなくなるのも、申し訳ないのでレビューはこの辺で・・・・