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12 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
バタイユ文学の根底にあるもの=裸の純粋性,
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レビュー対象商品: マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫) (文庫)
バタイユを語るとき、必ず「エロティシズム」が引き合いに出される。しかしこの「エロティシズム」というものは、ある意味で非常に曖昧だ。 私はバタイユは、人間はエロティシズムを通過することで、 己の孤独を知り、己のすべてを取り去った「裸」の自分を自覚することができる と考えていたと思う。 ただ私はあまりバタイユの言葉を「理屈」で理解したいとは思わない。 彼の言葉は、挑戦的な、感覚的な「詩」である。 読者はそれを「読む」のではなく、「感じる」こと。 だからこそ彼はこの本の冒頭で、 きみがあらゆるものを恐れているなら、この本を読みたまえ。 と読者に言う。エロティシズムとは何かを彼は語っているのではない。 エロティシズムの先にあるものこそ、ある真実だと彼は信じている。 そのことを語っているのである。 2作ともシンプルなストーリーだが、あっと言う間に傍線だらけになってしまう、 いくつもの「ことばの断片」が、無遠慮にこちらのこころに踏み込んでくる。 その不思議な感覚こそが、バタイユなのかもしれない。
26 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
バタイユを見よ,
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レビュー対象商品: マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫) (文庫)
昨今岡本太郎との関係などで誤解を招き易いバタイユ。「悪の秘密結社のリーダー」「魔術でナチを攻撃した男」 マスコミが語る虚のバタイユ像は全て捨てて、この本に挑むこと。 バタイユが提示し続けたコミュニオンや聖なるもののあらわれに、 これほどまで簡素な文章で触れることができるとは。 訳者、そして古典新訳シリーズにただただ頭が下がるばかりです。
10 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
裸であることの不安,
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レビュー対象商品: マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫) (文庫)
「…きみはひとりぼっちか?寒けがしているか?きみは知っているか、人間がどこまで「きみ自身」であるか? どこまで愚かであるか?そしてどこまで裸であるか?」(冒頭より) 「スキャンダラス」「変態」「エロティシズム」。 バタイユを語る言葉はいろいろあるけれど、根底にあるのは「不安」ではないかと思う。 みんなが当たり前に服を着ている現実に、自分だけ裸でいるような不安。 なじめない、戻れない、だけど服を着ることは自分にとってひどく難しい。 そんな不安と孤独が、両作品の中に流れているように思える。 同じエロティシズムでも、「マダム・エドワルダ」と「目玉の話」では、描かれ方がずいぶんと異なっているのも興味深い。 (結びつけられるものが、前者は星空、後者は目玉) バタイユの作品はおそらく、理性的な批評など必要としていない。 読んだあとにあるのは、もっと感覚的で直感的なものだと思う。 さらけ出して、暴かれるようで、しばらく妙な余韻が残る。
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