一見ただのドタバタ劇なのであるが、考えれば考える程、深く読み込める笑劇である。
時代背景は昭和6年(’31)満州事変勃発の年である。
マダムは西洋列強、女房は日本の象徴なのであるが、そう考えると、
冒頭、西洋館の絵を描く太ったサスペンダーのしゃれた画家は、
日本と権益が衝突していた満州自立開発の象徴と言える。
もうすぐ絵は出来上がりそうである。
通りがかった売り出し中の劇作家は、
「なかなか立派だ」
画家、
「お前はあの館が立派と言っているのか、この絵が立派と言っているのか」
ここで喧嘩となるのだが、その仲裁に入るのがマダムなのである。
西洋に追いつこうという満州開発の絵(計画)を邪魔する日本、
仲裁に入る西欧。(リットン調査団は、翌年’32)
そんな風に見える。
劇作家は西洋館の隣の日本家屋の借家に越して来る。
引っ越しを手伝ってくれた仲間達!は、劇作家が原稿(日本の計画)を書かなければいけないのに、
麻雀に興じてなかなか返らない。彼らは、毎年首相を替える政争を繰り返す財閥・軍閥・元老の象徴か。
仲間達が帰ると、今度は子供達が黙って寝ずに、劇作家の邪魔をする。
子供達は差し詰め世界恐慌以後、ますます疲弊の度を増した農村部の象徴だろうか。
乳(食料)を欲しがる次男。小便(都会)に連れて行けという長女。
劇作家が翌日やっと原稿に向かうと、隣の西洋館からジャズが大音響をあげる。
苦情を言いに行って、マダムの誘惑に負け、ビールを飲まされジャズに酔う。
合いの手は、「スピードアップ」
「そうだ、こうしちゃいられない」とばかりに家に帰って、劇作家はスピードアップで原稿を書き上げる。
音曲にかまけている西洋に、今こそ追いつくチャンスだという感じだ。
見事締め切りに間に合わせて原稿を書き上げた劇作家は、すっかり売れっ子の様子。
家族揃っていい服を着て、歩いていると、農地で土木作業をやっている。
長女は大喜び。彼らは汗だくだ。女房は言う。
「見るんじゃありません、行っちゃだめ」
この時の田中絹代が、如何にも嫌らしい、醜いといった目つきで彼らを憚る演技が巧い。
彼らは古い日本、西欧に追いつけない日本の象徴だろう。
そこに飛行機が現れる。女房は乗ってみたいという。
男寡婦で子供二人は嫌だというと、あなたも乗るのよと女房。
日本はもう後戻り出来ないという事だろう。
最後のこのシーンで大変気になることがある。
あれ程、洋服をせがんでいた女房に、成功の象徴となるであろう洋服を着せず、
仕立ての良さそうな和服を着せているのである。
日本魂を忘れずに成功してみせる、と解釈して良いのだろうか。?