マクロスシリーズとの世界感の整合が大筋でギリギリ守られている。
劇場版マクロスで未沙が語った人類の誕生は、男と女がもう一度ともに暮らせるようにとの願いを込めて地球に逃げ延びたプロトカルチャーが現住生物から創造したことによるというものであった。
プロトカルチャー仮説が実証される段階になり、アリエスとハスフォード博士の死により、プロトカルチャーの存在を証明できる人がいなくなったが、フォッカーが生き残っているため、未沙にこの事実を伝えることが出来たとするならば、劇場版との整合性は保たれる。TV版でのフォッカーはそんなことはおくびにも出さないが・・・。
「鳥の人」がマクロスの主砲システムを持ち、歌によって制御されていたりというのは、マクロス7に登場したプロトデビルンのような能力と考えていいだろう。また、フォッカー隊長が危ないところで助けに来たりするのは確かにマクロスの世界とのつながりを感じる。これは、マクロス7のようなおとぎ話の様な世界感とリアル路線の初代マクロスを同じ世界でつないでいるためだろう。
非力なVF-0のエンジンを補うためにブースターが付いていたりと細かい設定はマニア向けだが、それによってバルキリーの航空機としてのデザインが崩れ、初代マクロスの雰囲気がやや損なわれているのが残念なところである。
しかし、「鳥の人」とサラ、そして「とびうお」になって飛んでいった主人公の行方をもう少し説明するラストシーンが必要であるかもしれない。