(上巻より)
邦訳の上巻は、毛沢東が中華人民共和国の独裁者の座につくまで。下巻では毛沢東が超大国になろうとして、諸外国に媚びを売りちょっかいを出しつつ失敗する様子が描かれる。詳細なインタビューに基づく記述の迫力は比類がない。またトリビアとしても、中国が自国内の外国公館を偽装デモ隊に襲撃させるのは毛沢東以来の伝統であることもわかるし、他国に難癖をつけて嫌がらせをするのも常道であることがわかる。最近の中国の対日施策理解にも勉強になる部分が多々ある。
しかしながら、本書は冒頭から毛沢東個人を悪く書こうとして納得のいく記述がなされていない場合がある。たとえば毛の軍事天才神話を否定するため、国民党に対する勝利はすべてスパイによる工作の結果でしかなく、毛沢東自身は無能だとする。でもそこまでのスパイを敵軍中枢に送り込んだのは、きわめて高い軍事能力ではないか? また国際的発言力を手に入れようとする毛沢東の策謀すべてを失敗だと著者たちは描くが、国際関係でそんなすぐ成果がでるものではない。ニクソンや田中角栄の訪中のインパクトは子供心にも強く、さほど矮小とは思えない。1999年に出たフィリップ・ショートによる決定版とされた毛沢東伝(未邦訳)と併せ読む慎重さは必要だろう。ショート版は毛の思想形成史や成長過程かなりていねいにたどるが、チン版はそれを完全に無視。毛沢東はとにかく生まれつき一貫して残虐で利己的で打算的だったのだと決めつけ、それにあったエピソードだけを並べている。
本書が毛沢東の伝記として画期的な存在であるのはまちがいない。ただしそのまま鵜呑みにするのは危険。毛沢東の伝説の相当部分を否定しつつも、それなりに能力のあった人物だと評価したショート版と、新資料に基づきつつすべては毛沢東をまったく評価しないチン版との間で、今後の世界の毛沢東像は形成されることとなるだろう。