雨そぼ降るビルケナウの強制収容所跡をさまよう男、ヘルマン。ineo ――さあ、始まりだ――これから初めて対峙する父親、未曾有の虐殺を指揮したといわれる元ナチ親衛隊天才医師の息子として生まれついた男の物語。
ドイツ敗戦後戦犯として指名手配され南米で逃亡生活を送る父親を訪ね、息子としての体験に何とかして意味を見出そうととまどいあがくヘルマンをトーマス・クレッチマンが好演。事実を無視する父親の罪状を半泣きで糾弾する姿やあまりの価値観の違いに愕然とする姿、「父親」の息子であり続けること、そのために事実をおし隠すことを静かに自らの罪と呼ぶ姿が印象的だ。第三帝国の夢から醒めず事実をねじまげ論破する父親や元ナチ支援者に翻弄され、事実の隠匿を許さないユダヤ人サバイバーに詰め寄られ、父親亡き後もなお「裁きを免れた殺戮者」の息子であることに終わりはないヘルマンの境遇が悲痛極まりない。
「ベン・ハー」というより「ボウリング・フォー・コロンバイン」の全米ライフル協会初代会長チャールトン・ヘストンが、知的だが底知れぬ狂気を湛えた父親役を怪演。
特筆すべきは、「父親」のモデルがヨゼフ・メンゲレであると暗示しながら、作中では決してその名前を明示していないこと。それには、特定の個人の異常性が招いた特殊な出来事ではなくて、普遍的に起こりうる出来事なのだという含意もあるのだと思う。