映画を観て、いてもたってもいられずに原作を読みたくなるというのは、個人的にはそうある経験ではないのですが、掛け値なしにそのようにして大きなものを得たという実感のある一書。青春の無償的純粋さと痛々しさ、彷徨と蹉跌を描いた見事な自伝の一。
「「われわれはその問題は徹底して考えたし議論もしたんだ。その結果、”センス・オブ・ギルティ”は神の手にゆだねることにしたんだ」とスティーブはいった」(63頁)。
「「Kとか・・・・・・。どうせならやっぱり山本義隆や秋田明大と心中したかったな」。私は自嘲的にそう呟く他なかった」(187頁)。
「検事のにこやかな恫喝に負けた。勾留十日目で肉体的にも精神的にも疲れ切っていた」(199頁)。
「ひとはよく「アイデンティティ」という。「自己同一性」と訳されるこの言葉の行きつくところ、結局は「自分の記憶」なのだと思う。・・・ 「現在の自分」は「過去の自分(の記憶)」の集積である。自己同一性は記憶によって保たれている」(219〜220頁)。
組織(即ち、朝日ジャーナルの変節といってもよいでしょう)と個人という切り口で云えば、本書の内容は宮仕えの方々にも裨益するところ大であるように思われます。取材対象への不介入原則と取材源の秘匿原則というジャーナリストにとっての二大準則が同時に問われることになった稀有の体験記ということで云えば、マスコミ志望者にとっても必読書の一であるように思います。