写真はOKだったと思います。何より安い。
そして、個人的には、読んでよかったと思う記事は、こやしきあきらさんのものと、ゆかわれいこさんの記事でした。
逆に身の毛もよだったのは、O氏と、特にI氏!
人目にさらす物を書くときは、よくよく調べて物を書きましょうね。と、つくづく思った。
この方達は、少なくとも、活字に対する責任を感じてほしい。
この本を読んで”そうなのか”と思う読者だって必ずいるはず。
少なくとも、追悼本に載せる記事では無いと思います。
もし、この先、”しまった”と思う事があれば謝罪文を書いて欲しいくらい。
極めて表面的なものや、一面だけを捉え、活字にしていく姿はいかに醜く、また無責任なものであるか?
それもまた、私達がマイケルから学ぶべき事なのだと、心からそう思います。
かなりの人が、TVのニュースくらいしか知らないから、”整形しすぎて顔が歪んでしまった”とか、”性的虐待?”だとか、”白人に憧れて皮膚を移植した?”とか、子供を窓から出してみせるとか、やたらスキャンダルめいたものしか、目や耳に入ってきてなかったと思います。
そのマスコミに叩かれた多くの内容が、おそらくは間違った報道であり、有名税という人もいるかもしれないけれど、少なくとも、マイケルは、純粋に人間を、自然を愛し、差別や戦争の無い世界を心より願ってやまない人物であるという事は、調べれば調べるほどに疑いようの無い事実であると思えてなりません。
後半、白く塗っていたのも、尋常性白斑(重度の皮膚病)で全身がまだらになってしまったものからくるものであり、性的虐待も完全にハメられたものであると聞きます。また、CMの撮影時、花火が髪に引火し、2〜3度のヤケドを負い、ウイッグを使用するハメになるが、なによりそのヤケドの痛みは相当のものであったと聞きます。
安定剤の常用も、最近は富に一般的に増えている傾向らしいですが、マイケルの受けた重圧やプレッシャーは、果たして本人だけの責任だったのでしょうか?
そして、最後のライブにあたり高額の医師を24時間体制で雇い入れる事に対して、プロモーターは反対したが、マイケルは”僕の体は機械(マシーン)。僕には彼(医師)が必要なんだ。他の事ならなんでも聞くから、これだけは自分の思うとおりさせてくれ”と言ったそうです。
50歳という年齢に加え、多くの体の負担をかかえ、それでも望もうとしたステージ・・・。
これまで書いた中で、私もまた間違いを書いている恐れもあります。
でも、マイケル・ファンの人が、あちこちで異常なくらい怒ってるのをしばしば見ました。
それはきっと、金銭的なものやパフォーマンスだけではなく、平和や差別、貧困などの問題に真剣に取り組み、力を注いできた彼を、よりによって児童虐待で祭り上げたマスコミに対し、また、なによりそれにより受けるマイケルの心の傷の計り知れなさ、やりきれなさを思っての事でしょう。
また、皮膚がまだらになっていくのを隠すためのファンデーションを、”白人に対する憧れ”と報道してみたり、それで黒人の方からも叩かれたこともあったと聞きます。
知れば知るだけ、聴けば聴くだけ、マイケルの凄さ・優しさ・純粋さ・強さ・弱さ、はかなさという、音楽以外の面に魅かれ、胸を打たれ、そして、改めて、久しく味えなかった、素晴らしく、完成されたステージをDVDではありますが見ることができました。
そして、あのステージは、ダンスを、歌を、そして人間を心より愛し、そしてどこまでも果てしなく・揺ぎ無く、自分の全てをかけて臨まなければ断じてできる事では無かったと、心からそう思います。
最後に、叶えられなかった最後のステージもそうですが、同じ子を持つ身として、まだ幼い子を残して旅立たなければならなかった無念さを、心よりお悔やみ申しあげたく。
マイケルが世界中に残していった多くの種のひとつを、今更ながらも貰ったような気がします。それを私なりの解釈ではありますが、自分なりに育てていきたいと思います。
ありがとう マイケル。安らかに。