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ポストモダンの思想的根拠―9・11と管理社会
 
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ポストモダンの思想的根拠―9・11と管理社会 [単行本]

岡本 裕一朗
5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 2,520 通常配送無料 詳細
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ポストモダンの思想的根拠―9・11と管理社会 + ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

9・11以後の世界は「自由」が「管理」を要請する逆説の時代―ポストモダンの第二段階の始まりだ!軽くてシニカルな「ポストモダン感覚」は、空気のように自明なものとなっている。ところが、「管理社会」は不可視であって、感覚的には理解するのが難しい。感覚的な「差異の戯れ」を容認しつつ、その上で効率的に管理するのがポストモダンの第二段階なのだ。そのため、「管理のポストモダン」を理解するには、感覚ではなく思想を武器としなければならない。

内容(「MARC」データベースより)

9・11以後の世界は、「自由」が「管理」を要請する逆説の時代、ポストモダンの第2段階の始まりだ! ポストモダンな現代世界を思想において捉えるための、最も簡単な入門書。

登録情報

  • 単行本: 278ページ
  • 出版社: ナカニシヤ出版 (2005/07)
  • ISBN-10: 4888489505
  • ISBN-13: 978-4888489508
  • 発売日: 2005/07
  • 商品の寸法: 19 x 12.4 x 2.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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By モワノンプリュ VINE™ メンバー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
 近年の「思想界」で論じられている問題をギュッと圧縮して見通しよくまとめている。巻末の読書案内も含め、頭の中の整理にはうってつけ。大学生くらいが現代の思想的な課題の見取り図を得るには非常に有益だろう。ポストモダン派は「差異」や「他者性」をキーワードに一世を風靡したが、今や批判力を失ってしまった。それはポストモダン思想が誤っていたからというより、新しい型の管理に適合する思想として「あたりまえ」になったからだ、というのが著者の主張の柱。

 この新しい管理形態とはドゥルーズが晩年に提起したもので、一定のルールの枠内で自由を認めることから本書では「自由管理社会」と呼ばれる。そしてこの社会を駆動するのが旧来の規律権力ではなく「動物的な生」に照準して管理する生権力だとした上で、現代社会を動物園ならぬ「人間園」(スローターダイク)として描き出す。

 著者の問題は、9・11以降ますます強化されるこうした管理に抗していかに自由を確保するか、だ。ポストモダンな相対主義に批判的な「デモクラシーの合意モデル」(ローティ、ハーバマスら)は、合意を強制する権力に鈍感すぎる。ネグリらの「マルチチュード׋帝国›」図式は、革命×反動という抽象的で固定的な2項対立に依存している。そしてフーコーやドゥルーズの抱え込んだアポリアについて考察しつつ著者が辿り着くのは、「管理の構造を洞察することこそが、自由になることである」というヘーゲル的結論。

 話としては分かる。しかし学者の自己弁護みたいな、こんなユートーセーな結論でいいのか、という疑問はある。ジジェクが『‹帝国›』を『共産党宣言』に擬えたのは、その杜撰さもコミのことだったのではないか。この際、杜撰さはむしろ美質ではないのか。少なくとも、ドゥルーズやフーコーが著者の結論に全面的に同意したとは考えにくい。

 しかしより根本的な疑問は、果たして「自由を確保する」という問題設定は現在なお適切なものなのか、という点だ。私自身は違った線で考えてみたいと思っているが…
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By 朋蔵
形式:単行本
 本書ではポストモダン思想を拠り所に、来るべき社会のあり方を問うている。ポストモダンな社会では個々人は「差異の戯れ」に基づき自由に多様な方向に向かって行動すると考えられていた。しかしながら現実は個々人の自由は認められるものの、その上で差異は巧妙に管理されていると著者は分析する。
 それではポストモダンの社会論は誤りだったのだろうか。著者は現代の社会状況をポストモダンの第二段階と位置づけ「自由管理社会」という概念を提唱することで、このような疑念を払拭すると共に、権力が一元的に管理する統制管理社会の到来(再来?)も明確に否定する。
 興味深いのはこのような社会論が元来保守層と呼ばれてきた陣営に支持されていることである。米国、英国の社会政策等を研究する上でも有益な一冊。
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4 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
 本書は、9・11はポストモダンの終焉ではなく、実はモダンの終焉であり、ポストモダンの第2段階の始まりであるとの主張を展開している。

 「差異こそ万歳!」というかつてのポストモダンの戦略が、「管理のポストモダン」に転化していき、これを顕在化させたのが9・11だったというのだ。

 そうした「管理のポストモダン」の特質について、筆者はフーコーの「モダンな規律社会」の次の段階として捉え、そして、かつてアドルノ=ホルクハイマー、オーウェル、ハックスリーらが取り上げた「統制管理社会」とは異なり、人々の自由を全体とした「自由管理社会」であると捉えている。

 筆者自身が「深淵だが濁っている言説より、浅薄でも明快な議論を私は選んだ」としているとおり、ポストモダンの流れを、監視社会論、ロールズらの政治哲学、ネグリの帝国論など幅広い視野を取り込みつつ、ここまで平易で分かりやすく整理・分析した書はあまり見られず、極めて大胆かつ貴重な本だ。

 ただ、9・11以後の自由管理社会をいかに乗り越えていくかについての明快な解答は示されてはいない点が心残りではあるが、それを筆者に求めるのは酷だろう。おそらく誰もが解答を見出せていないのだから。

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