68年の5月革命を通じて、資本主義はその反体制精神を体制側に組み込むという、言わば左派に対して肉を切らせて骨を断つ戦法を採ることにより、イデオロギー対立が消失したかに見える「ポストモダン」資本主義社会を実現した。それ以来、人々の生活は真綿で首を絞められるように徐々に生き辛さを増しているにも拘らず、エコ資本主義まで出てきてその不満・不安にも耳を傾けてくれるかに見える優しい仮面を付けた現代資本主義を前に、人々は戦うべき敵を見失い、挙句には戦意さえも喪失して仕舞いかねない状況に追い込まれてしまっている、というのが著者の基本認識としてあるようです。
最近の日本でも、民主党か自民党か、菅か小沢か、悪いのは小泉政権だったのか、などと茶番が繰り広げられていますが、いずれにせよ資本主義にスッポリ飲み込まれてしまっている現状と格闘しそこから脱しない限り、私たちもジリ貧なわけで終には完全にその奴隷と化してしまうのかもしれません。
著者はそうした現状を打破すべく、もう一度コミュニズムの原点に立ち返ろうと提唱しているようですが、そうした過激な(?)内容を持つ本書が普通に商品化されているというのも、著者の指摘している現代資本主義の寛容さの現れということになるのかもしれません。
本書の概略を掴むのにはそれほど困難を感じないものの、著者の議論をつぶさに検討するとなると、評者の理解をかなり越えてしまっているのも確かです。ヘーゲル、マルクス、ラカンなどはもとより、評者には馴染みのないバディウなども議論の前提としてしばしば援用されています。
また説明のために引かれている他国の政治事情・社会情勢なども初耳のものが多かったものの、それは逆に新鮮に感じられ興味が尽きなかったとも言えます。
国のトップがコロコロ替わる日本の現状を嘆く声をよく耳にしますが、ベルルスコーニ氏がお国の顔(?)になりつつあるイタリアの現状はさらに嘆かわしいのだと本書には記されています。
所々よくわからない箇所がある分★をひとつ減点しましたが、最後まで楽しく読ませて頂きました。