不倫の経験のない私が言うのも何だが、これくらい“不倫をする人”の本質を鋭くとらえ得た小説って、他にはないと思う。不倫体質の人を何人か知っているが、彼ら彼女らの不倫に走る推進力って、どう考えても、「幼稚なナルシシズム」以外の何物でもないみたい。勿論、例外は必ずある事をふまえて、最大公約数で語っているが。何故彼らは不倫している事を匂わせたり、時には自慢(!)したりといった事が出来てしまうのか。この小説を読むと、彼らの頑強な脳内自己弁護の仕組みとか、自分を客観視出来ない理由とか、不倫という、ありきたりかついじましい行為が美化されてしまう思考回路とかが、冷静に理解できる。最近、不倫小説をまとめ読みしたが、ボヴァリー夫人みたいに脳がやられなかったのは、この小説のおかげであると同時に、現代日本の小説に、ボヴァリー夫人が書いたのか?と思われるような、幼稚なナルシシズムが充満している小説が多かったからかもしれない。作者の不倫経験の有無はさておくとして、小説の登場人物を自分に引き付け過ぎて書いているものは、読んでいて赤面してしまう。皮肉家で冷たい奴と思われて結構。私にとって、フローベール の非情さは、心地よい。