IBMのDeep Blueがチェスの世界チャンピォンを破った際、世間の耳目を集めたが、将棋・囲碁ソフトに関してはマダマダというのが一般的見解だった。ある局面における選択手の場合の数が桁違いに大きいからである。それが2007年3月に行なわれた、本書の執筆者の保木氏の作成した将棋ソフト"ボナンザ"vs渡辺竜王の公開対局が見方を一変させた。ボナンザが予想外に健闘したからである。それも本書を読むと、実際には報道以上に肉薄していた事が分かる。ソフトウェア開発を生業とし、家では将棋ソフトとヘボ将棋を楽しむ私は大いなる興味を持って本書を読んだ。
ボナンザの特徴は"ゲームの木"に対する「全幅探索」である。それまでの将棋ソフトは「選択的探索」法を取っていた。即ち、「見込みがありそうな」パスだけ深く読むという戦法である。この方法は人間の思考法に近く、保木氏によると日本人の美意識によるという。しかし、この方法は見落としもあるし、見込みがあるか否かの判断は過去のプロ棋士の手等を参考にするしかない。これではトップ・プロに勝つのは不可能である。そこで、保木氏はコンピュータらしい方法を採った。それが「全幅探索」である。持ち時間の関係で、初手から最終手までは「全幅探索」できないが、ある範囲で「全幅探索」するのである(実際は巧みに枝狩りする)。これなら見落としはないし、アルゴリズムも単純である。ある局面の評価関数をうまく調整できれば、無敵である(時間制限がなければ)。"目からウロコ"の方式で、最もコンピュータの特性を活かした方式である。
渡辺竜王が対ボナンザ対策を綿密に練っていた事にも驚かされる。竜王として絶対負けられないとのプライドがあったのだろう。しかし、ボナンザvs渡辺竜王の対決を人間とコンピュータの対決と考えるのは誤りであろう。ボナンザは人間の作った道具である。竜王と言う将棋の超人に対し、将棋の素人がボナンザという道具を使って互角近くに戦えるという点が"夢"なのだと思う。保木氏が言う通り、道具には改良の余地がある。更に改良した道具で挑戦して欲しいし、棋士の方にも更なる棋力の向上を目指して頂きたい。個人的には、改良ボナンザvs羽生の闘いが見てみたいのだが...。