多くの都市生活者にとって、庭を持つことは夢であり、ましては草花に覆われた庭園なんてのは夢のまた夢だろう。二極化が進行していると言われる現在、そんな叶わぬ思いにため息をつくくらいなら、いっそ価値観の大転換を図るべきかもしれない。
本書が提案するのは、そんな屈折した極私的な価値感を発見し、定義し、育んでいくことだ。それは同好の志を勇気付け、日当たりの良い優雅なガーデンなんかより、植物には厳しいくらいな環境のベランダが欲しい、と覚悟させるに違いない。
著者は悪条件を乗り越えるため、あるときは戦場の司令官、またあるときは弱小チームの野球監督となって、鉢たちと共に奮闘する。逆境を乗り越え、たくましい生命力を謳歌する植物を褒め称え、上手く采配を振るった自らの職人的手腕(あくまでベランダーとしての)に対して悦に入る。日夜植物の調子を見定め、必要とあれば緊急手術室の執刀医のごとく振る舞い(あくまでベランダーとして)、救い切れなかった植物と自らを悔やむ。
北向きベランダの鉢たちは、孤独な都会人にとって癒しの存在などでなく、もはや共に不器用に生きる同志たちなのだ。
なお、著者の視点と語り口は毎回楽しめるのだが、さすがに何年も同じテーマで書き続けられるとマンネリ化が否めない。ニューウェーブの園芸家としてはもう十分花開いたと思うのだが、この植物日誌はあたかも自然の摂理のごとく永遠に反復するのだ。