敢えて書評するまでもない一冊である。世界的な登山家、「鉄の男」小西政継の人生を彩った十人の人物。それを彼は「ザイル仲間」、つまり命を託した絆を持った仲間として本書に紹介している。
その中には、実際にザイルを結ばなかった人物もいるが(パウラ・ビーナー)、それも含めて彼の人生を力強く支え、励ましてくれた人々への、愛情と感謝のメッセージがここに記されている。
大別して、登山の先達・支援者(佐藤久一朗、パウラ・ビーナー、田辺寿、小西郁子)、伝説的な山男(星野隆男、小川信之、植村直己、今野和義、吉野寛と禿博信)に分かれている。後者は主に山岳同志会を中心とした、日本の山岳界をリードする事になる筈だった優秀で超人的な登山家達の伝記である。つまり、ここにある6人全員は既に山で死んでおり、今は亡い。
小西政継は、若くして山に散った彼等が、恐らく世に広く知られずに時間に埋もれていく事を惜しんで、彼等の生きた証を残したのだろう。山に狂って青春の全てを、そして命まで捧げた彼等への限りない愛惜を込めた文章になっている。
その多くが前途有望な小西の後輩であるが、ただ一人だけ、経歴の面で小西の同格と言えるのが、植村直己である。
エベレスト日本人初登頂を果たした植村ではあるが、登山家としては二流以下と、バッサリ切り捨てるのが小西らしい。そして自分の技量に素直な植村が、一から垂直登攀を小西に学ぶ姿が、如何にも誠実で、胸を打たれる。小西郁子も交え、家族ぐるみで山に取り組む温かい姿が描かれている。
やがて、小西はより先鋭的な岩と雪の垂直へ、植村は雪原と海氷の未知なる水平(地平)の極地へと、歩みを異にする。そして植村がマッキンリーから未帰還となったとき、小西は沢山の仲間の死に最早涙も涸れ果てて、イタリアのカフェで植村と過ごした時間を一人静かに追憶する場面は、粛然とした気持ちにさせられる。
そしてその小西政継も、1996年10月、マナスル登頂後に消息を断った。
それにしても彼の文章は本当に上手い。「ボク」という一人称を用いて、十人それぞれを自分が呼んでいたままにニックネームで綴り、彼等との会話をそのままに再現させる様な平易な文章ながら、それぞれの時間をリアルに再現する程の瑞々しさのある不思議な文章である。小西の追憶の中に我々も引き込まれ、そして思い出の中の彼等は今も逞しく世界の山で登攀しているようにさえ感じられる。彼らは未だに小西の中では死んではいないのだ。彼等のその生前の描写でも、8000メートルの垂直の氷壁を攀じていく時、ダイナミックでいながら、涼しさを感じさせるような彼等のクライミング姿が目に浮かぶようであり、彼の他の著作のようなスリリングでリズミカルな文体とは別の、なんとなくノスタルジックな印象を与えられる。小西政継までもが山に姿を消した今、なお一層のノスタルジックを感じながら、時折手にとって読んでしまう一冊である。