映画は大体レンタルまで待つ方だが、この作品はぜひ劇場で見なければと前々から思っていた。
実際、テーマを持つドキュメンタリーということで娯楽映画によくある脚本と論理の破綻に苦しまずに済んだ。
テーマは、なぜアメリカは銃による犯罪の死者が世界一多く、そして未だに増え続けているのか。
マイケル・ムーアはコロンバイン高校での惨劇を機に、改めてアメリカの抱える病巣の深刻さに問題意識を新たにする。
このドキュメンタリーの主体は考証ではなく、ムーアの行った事件の関係者や、その延長線上にある人や、あまり関係のなさそうな人たちへの取材で組み上げられている。
その過程でシュールな質問を飛ばして意外な角度から掘り下げてみたり、「敵」を次々と探し出しては警戒する白人を風刺したアニメーションを挿入したり、さすがに話題性を帯びるだけのペースのよい展開でしっかりと観客をつかんでいる。
けれどもやはりユーモアでは覆えない傷の深刻さは、取材の真剣さから伝わってくる。
「安全のため、家族を守るため」に持つ銃は次々と犠牲者を生産し、その入手の容易さから犯罪者の低年齢化に加速をつけていく。もはやそのような名分は信じられるものではないのに、「票」か「利権」か「信念」か、考えるべき立場の者が考えようとしない。
逆に犯罪が増すごとに「恐怖」は倍増し、煽られた人々は「安全のため」銃器を買い込む。
果たして答えは出てくるのか。
この映画は最終的に「答え」を出すのは観客という仕組みになっている。これは結果を求める性質の問題ではなく、アメリカの人々に考えてもらわなければならないというのがムーアの出した「答え」だろうか。
ただ恐怖は思考を停止させる。9月11日から延々と続く「空気」がある。「だってアメリカは狙われているのよ」と返されれば普通に議論ができなくなる。そういう「空気」を壊すのはさすがに映画一本では無理だ。
現実の方に変化が出ない限り。