ホームランアーティスト田淵幸一は天才だった、とよく云われた。せめて王の半分でも努力していたら、あと5回はホームラン王が獲れたはず、とも云われた。たぶんその通りだろう。自身の中のとてつもない才能を半分も生かすことなく、生死を彷徨う頭部死球や骨折、花粉症等にも苦しめられ、田淵が放ったアーチは “たったの”474本に終わった。
しかし私を含めた田淵ファンは、彼の屈託のない華やかさを愛した。並の選手が努力では到達し得ない、天才だけが身に纏うことのできる輝きに憧れた。そして何より、滞空時間の長いホームランに酔った。松井秀喜をはじめ、球を力強く遠くへ飛ばせるスラッガーはその後何人も登場したが、田淵の様に美しい放物線を空中に描けるアーチストは、今もまだ現れてはいない。
ただ本書を読めば、その美しいアーチが、決して才能だけの賜物ではなかったことがよく分かる。