RC143は1960年シーズンの初戦となるマン島T.T.から最終イタリアGPまでの全5戦に投入されたが、このクラスの盟主として君臨していたMVアグスタ、そしてロータリーディスクバルブ式2ストロークエンジンを武器に進境著しかったMZらの欧州勢に対抗できず、一度も表彰台を獲得することも適わなかった。ライダーランキングでは、J.レッドマンの7位が最上位。メーカータイトルの部門では、MVアグスタ、MZに次ぐ3位の座に留まった。ホンダは参戦2年目にあたる1960年の不振を受け、早くもシーズン中の8月からスパーギアをカムシャフト駆動機構に採用する2バルブ2気筒のRC144を開発。新型RC144は翌1961年シーズンの開幕のスペインGPから投入されるが、皮肉にもレースに勝ったのは、T.フィリスの駆る旧型RC143のほうであった。そしてホンダ初のグランプリ勝利をもたらした機種として、RC143の名は歴史に刻まれることになったのである。
柴田製作所とは?
鈴鹿サーキットでのポストカード販売を皮切りとして、1994年より一貫して国産モーターサイクルを題材とするイラストレーション複製品を制作。ホンダコレクションホール、ヤマハコミュニケーションプラザなどのミュージアムアイテムとして永続的に採用されている。