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本書の魅力は、登場人物たちの心理の綾にあるのだろうと思います。ミステリとしての仕掛けの妙ではなく、人物間相互に働く心理劇の面白さ、彼ら自身にもよく分からない気持ちの変化、その辺がとても巧く描き出されていました。本作品の二年前(1944年)に書かれた『春にして君を離れ』に通じる、恋愛をからめた人間心理の奥深さ、それを本書にも感じるのです。
舞台となるホロー荘の Hollow を英和辞典で引いてみると、「うつろの」「空虚な」という意味があることが分かります。本書を読み終えて、何やらそこに暗示されているものがあるように思いました。これは、でも、深読みしすぎかもしれません。
この作品の味わい、魅力を綴ったエッセイとして、芳野昌之さんの『アガサ・クリスティーの誘惑』の一編も忘れがたいです。「人間性という垣根」というタイトルが付いた一章。機会があったら、ぜひ読んでみてください。
この作品について、クリスティーは、その自伝で、「ある意味では探偵小説というより、むしろ普通小説」であり、「ポアロの登場が失敗の小説だった」とし、「彼は彼としての役目をちゃんと果たしてはいるが、この小説から彼を抜きにしたらもっとよくなるのではなかろうかと思い続け」、「ポアロを取りのけて劇化し、成功を収めた」と語っている。
この作品の訳者である中村能三氏は、「この作品におけるポアロの役割を考えあわせれば、女史はそもそもからこの作品で、いわゆる推理小説を書く気はなかったのではないか」とまで述べる一方で、「女史の作品のうちで最も文学性の高いものであり、女史の作品群中でも五指のうちにはいる傑作」と評価しているのだ。
私は、この作品を二度読んでみたのだが、たしかに、この作品には普通小説並の読み応えがあり、クリスティーならではの巧みな心理描写に、知らず知らずのうちに、ぐいぐいと惹き込まれていく。この作品にポアロが不要なのは事実だが、かといって、推理小説としても特に不足があるわけでもない。五指かどうかは別にしても、高位にランクできる傑作であることは間違いがないと思う。
ちなみに、この作品のキーワードは、「すれ違う愛」であり、四人の女と二人の男が織り成す「すれ違う愛」が、それぞれの男女の対し方によって、正反対の結果を生むストーリーとその結末は、まさにクリスティーが緻密に組み立てた感動の名人芸だ。ミステリ界広しといえども、こうした類いの作品を書けるのは、クリスティーを措いて外にいない。
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