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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ナチスのホロコーストに関する最も詳細かつ、深遠なる記録書。,
By 孔明 (埼玉県さいたま市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ホロコースト全史 (単行本)
アドルフ・ヒトラー率いるナチスが今日においても史上特異な集団として注目されているのは彼等が戦時中に主にユダヤ人を中心とした民族の絶滅・根絶を目的とした政策を国家規模で計画・実行したことである。 そもそもナチスの政策の中心になった「反ユダヤ主義」はヒトラーの産物ではなく、ヒトラー以前から欧州を中心に広く唱えられていたものである。何ゆえにユダヤ人は迫害されるのか?この謎を突き詰めていくと、キリスト教の教祖であるイエスをユダヤ人が裏切り死に追いやったことが永年に渡って教会を中心として歴史的に喧伝されてきたことがあるようだ。 近年になって教会側もそういった過激な迫害を諭すことは誤りだと認め始めていたのだが、ヒトラー政権獲得時には永年に渡って続けられ社会に公然と浸透していた風習のようになってきた「反ユダヤ主義」を変え難くなっていた。 ユダヤ人は各国の社会に同化し、それぞれの国の民族と交わり社会的な地位を占めるものも多かった。 第一次世界大戦で敗戦国となり、過酷な賠償金に苦しむドイツ国民は自信を喪失していた。 ヒトラーはユダヤ人という「敵」を強調することで国民の意欲・団結を強調するのに利用。政権を握った。 彼はアーリア人種を優等生のある民族とし、逆にユダヤ人やジプシーを劣等人種として「生きるに値しない命である」と価値付けた。 初期の段階ではナチスもユダヤ人の虐殺までは考えてはおらず、最初は自分たちの生存権である領土からの追放に留めようとしていた。 だが、戦時中による混乱や輸送手段の確保の難しさ、さらにはアメリカやイギリス・パレスチナ等の他国は政治的・経済的な理由から多くのユダヤ人移民を拒否。欧州にいた数百万ものユダヤ人・ジプシーたちの行き場はなかった。 そういったいわば「八方塞の状態」の末に「虐殺」という簡単かつ安易な手段が選ばれることになったのだ。 ナチスは欧州の各国に攻め込み、ユダヤ人を段階的に処理していった。 手順としては最初は緩やかに。徐々に厳しく、最終的には収容所への隔離の末に労働もしくはガスによる虐殺である。 まずユダヤ人たちの財産を奪い、職を奪い差別を増長させる。 その後、彼等を「ゲットー」というユダヤ人に隔離地区に押し込めて、過酷な環境で餓死・病死させる。 最終段階では生き残った人間を列車で強制収容所送りにするのである。 強制収容所では働けない女子供・老人・病人は到着してすぐにガス室送りになり殺される。 比較的元気で労働が出来るものだけが過酷な作業で働かされ、飢え・病気により死んでいくのである。 この殺人工場による組織的な殺害には占領下で多くのユダヤ人以外の住民が協力しており、彼等は反ユダヤ主義の蔓延によりユダヤ人たちに同情的ではなく、むしろ密告したりして積極的に彼等を追い詰めていくのだった。 だが、反ユダヤ主義にも温度差があり欧州でも「イタリア」「ブルガリア」「フィンランド」「デンマーク」などの国々では、元々人口に占めるユダヤ人の割合が少なく、ユダヤ人は他の住民たちと上手く付き合っていた歴史的な背景もあって、逆に住民に匿われたり逃げるための手助けをされたりして多くのユダヤ人の命が救われた事実もある。 またドイツがソ連に攻め込んで独ソ戦が激しくなると、多くのソ連兵の捕虜たちも収容所送りになって殺害されたようだ。 同じ敵国でもイギリス・アメリカ兵に比してソ連兵の捕虜の死亡率が際立った高い背景には、やはりナチスによる民族的な政策があるよう。 東ヨーロッパに住むユダヤ人以外の民族も基本的には劣等民族と位置付けられて、最終的には「殺害の対象」とされたのだ。 ソ連兵は劣等民族であるうえに「共産主義者」ゆえに、二重の意味で「生きるに値しない命」という理屈なのだろう。 そんなナチスドイツと我々日本は「三国同盟」を締結して共に戦っていた。 日本自体はそもそも19世紀の半ばまで「鎖国」をしており、外国人との付き合いが薄かったから 「反ユダヤ主義」など全く理解できないものだったため、ユダヤ人の虐殺で責められることはなかった。 むしろ杉原千畝さんのように亡命パスポートは発行してユダヤ人を助けるために尽くした人間もいた。 ちなみにヒトラーは我々日本人を「二流民族」と位置付けており、本来ならば「日本などと同盟を組むのは本意ではない」と漏らしていたそうですよ。ヒトラーが世界征服を達成した暁には、我々日本人の祖先もおそらくは「強制収容所送り」になっていたであろうというお話です。
5つ星のうち 5.0
恐ろしすぎる現実,
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レビュー対象商品: ホロコースト全史 (単行本)
ワルシャワ・ゲットーのユダヤ人評議会議長アダム・チェルニアクフは,孤児のための施設を作り,食べ物と衣服を与え,教育を施していた。1942年,住民をトレブリンカへ移送する命令を受けると,命令書への署名を拒絶して,服毒自殺した。施設の子ども達は,その後,全員がトレブリンカの絶滅収容所に移送され,ガス室で殺された。ウーチ・ゲットーの議長ルムコフスキは,1944年9月,子どもと老人全員の引渡を求められると,彼は,「命を救うために,手足を切り落とさなければならないのです。子供たちを差し出さなければなりません。差し出さなければ他の者が犠牲になるのです」と主張し,求めに応じた。それから2年近く,ウーチからの移送は行なわれなかったが,1944年6月,移送が再開され,多くがヘウムノとアウシュヴィッツ第二収容所(ビルケナウ)で殺された。ルムコフスキ自身も,アウシュヴィッツに送られ,殺された。 ルムコフスキを裏切り者と指弾することは容易いけれど,では,チェルニアクフの行動の方が正しかったのだろうか。 筆者は書く。《歴史がいかなる判断を下そうとも,ルムコフスキに与えられていた権限が限られたものだったことは明らかである。彼には状況を変える権限も,政策決定の権限もなかった。実権を持っていたのはドイツ側監督のハンス・ビーボとその上官たちであり,彼らにとって「最終解決」こそが最優先事項だったのである。》(178〜179頁) 分厚い本ではあるが,ユダヤ人虐殺の諸相が詳細・具体的に描写されており,あっという間に読み終わってしまった。強くお勧めしたい。
24 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ホロコースト全史,
By Sean O'Kelly (東京都杉並区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ホロコースト全史 (単行本)
この本は数あるナチによるユダヤ人の絶滅政策の中でもトップにランクされる本である。原書の「The World Must Know」(世界は知らなければならない)の方が正しい表現だろう。それほど、この本は啓蒙的である。他の追随を許さないほどの内容で、よくまとまっている。これほどのことをしでかしたドイツ人というものをドイツで6年以上を生活したことがある自分にはとても信じられないのだが。
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