まず最初に著者であるベンツに関して。彼は1990年以降ベルリン工科大学教授兼同大学反ユダヤ主義研究センター所長を務める人物で、多くの著作があると同時に、特にナチス関連の百科事典などの編集や執筆者として非常に有名である。日本ではなぜか一般にはさほど知名度が高くないが、現在ドイツを代表するナチスドイツ研究の第一人者であると言えよう。
さて本書であるが、原題はDER HOLOCAUST、つまり『ホロコースト』であり、邦題によりイメージされるような平易な入門書ではない。ページ数も多くはなく文字もかなりゆったりと組まれているので、書物としては規模の小さなものであるが、その中身は非常に濃く、扱われているテーマも非常に広範囲に及んでいる。即ち、「現在のホロコースト研究を鳥瞰する書物」と考えるべきであり、ただの「ホロコーストを学びたい人」にとってはかなりしんどいであろう(そういう点において、この邦題は少し問題があると思う)。
しかし、「現在のホロコースト研究を鳥瞰」としては、非常に良く整理され、「よくこのボリュームでこれだけの内容を!」と驚かされる。
ヴァンゼー会議からこの本は始まるのであるが、テレージエンシュタットを大きく取り上げ、シンティ・ロマに関する記述もきちんと含まれている。ホロコーストに関する文献を既にある程度読んでいる者にとって、本書は極めて有意義な存在であると言えるだろう。